山の気象も変わってきているのか(イメージ:写真AC)

■いつもとは違う空模様

ここ数年、どうも天候不順だなあとハルトは感じています。7月中旬、天気予報ではそこそこ晴天を約束していたのに、上高地に到着すると、信じられないような土砂降りです。梓川の水かさもかなり増して、危険水位のアラートが出ないとも限らない様相です。やむなくハルトは登山をあきらめて、松本市内を観光して無念の帰宅となったのでした。

よし今度こそはと、8月の上旬に目指したのは福島県にあるA岳です。しかしここでも、今にも降り出しそうな濃いガスの中の登山となりました。今夜の宿泊地である頂上直下のA山荘に入るなり、ハルトよりもずっと若い、そしてとても物腰の柔らかな山荘の主人に声をかけられました。

「ちょうどこのタイミングで運がよかったですね。天気予報では間もなく大雨になりますよ」
「今年はどの山も天候はよくないですね。今日の泊まりは僕だけですか」
「年配のご夫婦も見えております」

悪天候のなかで過ごす山小屋の一夜(イメージ:写真AC)

その日は、山荘の屋根を叩きつける豪雨の音を聞きながらの夕食となりました。寝床についてからは、強風と雷も加わってまるで台風の直撃を受けているかのようです。建物全体がギシギシと音を立て、ハルトはなかなか寝付けません。少し離れたところで寝ているご夫婦も同様のようです。夜中には時折、山荘の主人が玄関を出入りしたり階段を上り下りしたりする音が聞こえました。万一のことを考えて見回りをしている様子です。

■信じられない被害情報

うつらうつらして目が覚めるともう朝でしたが、窓外は相変わらず雨が降り続き、周囲は灰色のベールで覆われたままです。3人で朝食のテーブルを囲んでいると、山荘の主人がやって来て膝を折り、「みなさんにちょっと残念なお知らせがありまして」と申し訳なさそに言いました。

「さきほど沢を管理する土木事務所から無線連絡があって、昨夜の豪雨でA沢が頂上近くから崩落したらしいとのことでした。ちょうどこの沢の下を、山荘に通じる林道と登山道が横切っていますが、崩落で両方とも断ち切られてしまったかもしれません」

「ええっ!?」。3人とも顔を見合わせました。「では、私たちはどうなるのでしょうか?」

道路寸断による孤立リスク(イメージ:写真AC)

「その場合は山頂を越えて反対側へ下山してもらうことになりますが、山麓まで9時間の長丁場です。ただし、今日も大雨が予想されているので、外に出るのは危険です。ご不便をおかけしますが、今日1日様子を見ていただけるでしょうか。明日になれば、動けるようになるかもしれませんので」

長い1日が始まりました。ハルトも、ご夫婦も、それぞれの寝床で時間をつぶしました。ハルトは手枕をしながらさまざまな考えが頭の中を駆け巡っていました。他にエスケープルートはないか、もう1日ここで待機となったら、どうやって会社に連絡をするか(ここでは携帯は通じません)、山頂を越えて9時間のコースを行くとなると行動食と水は手持ちの分で間に合うだろうかなどなど。