第4回 脱炭素に向けたカーボンプライシング(CP)導入の動向
企業にとってのメリットから課題まで解説

島崎規子
大学関係の主たる内容は、駒澤大学経済学部、城西大学短期大学部、城西国際大学経営情報学部大学院教授などを歴任し、同大学定年退職。城西国際大学では経営情報学部経営情報学科長、留学生別科長などを務めた。大学以外の主たる内容は、埼玉県都市開発計画地方審議会委員、財務省独立行政法人評価委員会委員、重松製作所監査役などを務めた。
2024/03/10
環境リスクマネジメントに求められる知識
島崎規子
大学関係の主たる内容は、駒澤大学経済学部、城西大学短期大学部、城西国際大学経営情報学部大学院教授などを歴任し、同大学定年退職。城西国際大学では経営情報学部経営情報学科長、留学生別科長などを務めた。大学以外の主たる内容は、埼玉県都市開発計画地方審議会委員、財務省独立行政法人評価委員会委員、重松製作所監査役などを務めた。
社会全体としてカーボンニュートラルを達成するための行動が加速する中、企業では、炭素に対して独自に価格付けをして、投資判断などに活用するインターナル(企業内)カーボンプライシング(ICP: Internal Carbon Pricing)を自主的に導入して、脱炭素投資を推進する行動が高まっています。ICPは、CO2排出量を削減するとともに、脱炭素社会に向けたイノベーションや競争力の強化、開示に関する株主の懸念の対応、強靭なサプライチェーンの構築、企業のリーダーシップにも繋がるため、さまざまな形で導入されて期待が高まっています。脱炭素に向けたカーボンプライシング導入の動向を中心に解説いたします。
カーボンプライシング(CP: Carbon Pricing)は、企業などが排出するCO2(カーボン、炭素)に価格を付け、それによって排出者の行動を変化させて、排出量を減らすために導入する政策的な手法です。政府主導以外には、民間の自発的取り組みとして、企業が自社のCO2排出を抑えるために、炭素に対して独自に価格付けをして、投資判断などに活用するインターナルカーボンプライシング(ICP)などの方法があります。
深刻化する気候変動問題への対応として、各国は産業革命後の気温上昇を1.5度に抑えようという「1.5度目標」を掲げていますが、その目標達成のためには、2030年までにCO2排出量を2013年比で46%削減し、さらに2050年までに正味ゼロ(カーボンニュートラル)に抑えなければなりません。CP導入の背景には、こうした切迫した事情があげられます。
実際、気温の上昇を1.5度に抑えようとした場合、世界全体として、あとどれだけ排出してもよいかという排出量の上限(カーボンバジェット)が決められています。その上限を超えないために、排出量に価格付けを行うなど、排出量の削減を促すしくみが不可欠となりました。
また、企業に対して気候変動への取り組みに関する質問書を提出しているイギリスのNGOであるCDP(Carbon Disclosure Project)が、ICPに関する質問項目を設けていること、さらに、企業に対して気候変動に関する情報開示を推奨する気候関連財務情報開示タスクフォースTCFD(Task Force on Climate-related Financial Disclosures)も、ICPを低炭素の投資指標として活用することを推奨していることなどが背景にあることは、見逃せません。
CPは、1990年にフィンランド、ポーランドで導入されたのを皮切りに、欧州を中心に導入が進みましたが、まだ歴史が浅く、研究・開発の余地のある政策です。世界銀行によれば、2022年4月時点で約68(炭素税36、排出量取引制度32)の国・地域が導入していると発表しています。例えば、スウェーデン、スイス、フランス、イギリス、日本、EU、カリフォルニア州、韓国、中国などが導入しており、先進国以外では、導入事例が少ない状況であります。
日本では、2012年から「地球温暖化対策のための税(地球温暖化対策税)」という炭素税が導入されています。現在は、CO2排出量1トン当たり289円を各企業が税として負担しています。東京都は、2010年に「東京都温暖化ガス排出総量削減義務と排出量取引制度」を、埼玉県では、2011年に「埼玉県目標設定型排出取引制度」を運用しています。しかし、日本のCPは、国際的に見ても低い水準であり、脱炭素社会に向けた本格的な導入が期待されています。
このような状況に対応して、2023年2月にエネルギー安定供給、脱炭素、経済成長の3つを同時に実現するための方針「グリーントランスフォーメーション(GX: Green Transformation)実現に向けた基本方針」が閣議決定され、同年同月には、「2030年目標」と「2050年カーボンニュートラル」を実現するために、「成長志向型カーボンプライシング構想」が環境省から発表されました。ここでは、「成長志向型」とあるように、規制と先行投資支援を組み合わせることで、企業などがGXに積極的に取り組む土壌を作り、排出削減と産業競争力強化・経済成長を実現していくためのしくみが示されています。
環境省は、2020年3月「インターナルカーボンプライシング活用ガイドライン~企業の低炭素投資の推進に向けて~」(以下、「ガイドライン」という)を公表して、企業の低炭素化投資を推進しています。
ところで、ICPを導入している企業は、世界で2020年時点において約2000社以上、日本では、2022年時点で約280社と推計されています。
ICPを企業が導入する理由は、気候関連のビジネスリスクを管理し、低炭素経済への移行に備えるための戦略としているからです。石油・ガス、鉱物・鉱業、電力などの一部のセクターでは、1990年代以降、リスク軽減戦略の一環としてICPが採用されています。一部の企業は、炭素排出を制限する将来の政策に備えるために、社内価格を使用しています。
ICP導入によるメリットには、①CO2が価格付けされるため投資額・コストが可視化される、②脱炭素の目標達成に向けた企業内の意識が構築される、③脱炭素取り組みの意思決定を促進することができる、などがあげられます。
反対にデメリットには、①CO2排出コストの増加により、企業の生産活動に影響を及ぼす可能性があるので、経済に悪影響を及ぼす恐れがあります。
また、内部効果としては、将来を見据えた長期的視野での低炭素または脱炭素の投資・対策の意思決定ができることです。すなわち、世の中の動向に応じた柔軟な意思決定ができること、全社的な低炭素・脱炭素の取り組みのレベルが平準化できるので、短期的な収益にとらわれない意思決定が期待されます。
外部効果としては、低炭素または脱炭素要請に対する企業の姿勢を定量的に示すことができることです。すなわち、経済的効果と気候変動対策を両立して事業運営を行っていることを、対外的にアピールできることが期待されています。
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