訴訟大国の恐ろしさ

■クラスアクションに気をつけろ

ウォールストリートジャーナル日本版は2月1日、「東芝の米国法人が、組織的な女性差別をしているとして1億ドル(82 億円)の賠償を求める訴訟を起こされた」と報じた。同紙によれば、訴えたのは米国の原子力事業で人事部門のマネジャーを務めている女性で、米国東芝は男性社員と同じ仕事をしている女性に対して男性より報酬の低いポジションに起き、男性を優先して昇進させているとし、米国内の女性社員8000 人を代表する集団訴訟を起こす考えだという。

ニューヨークで約5年間、弁護士として活躍した経験を持つニューヨーク州弁護士の小島氏は、この事件について「米国における集団訴訟の中にはクラスアクションといって、日本の集団訴訟とはまったく異なるものがあることを理解する必要がある」と指摘する。東芝の事例は、まさにクラスアクションとして提訴された典型的な事例だ。

写真を拡大中村国際刑事法律事務所ニューヨーク州弁護士の小島千早氏

小島氏によれば、アメリカのクラスアクションと日本の集団訴訟の最も大きな違いは原告の関わり方にある。日本の集団訴訟は、被害者全員の意見集約や個別的な同意の取り付けといった事前準備により原告団を形成する作業を要するのに対し、クラスアクションは、ある商品の被害者、あるいは差別を受けた人が一人または複数で代表者となり、共通の法的利害関係を有する者がクラスとして形成され、そのクラスを代表して訴えを起こすものである。クラスの構成員となりうるメンバーには、裁判所がクラスアクションとして訴訟を維持することを認めた後に通知することが定められているが、各クラスメンバーから同意まで得る必要はなく、大衆紙を使った広告やWeb サイトでの告知でも認められる。

そのため、原告団とも言えるメンバーの数は必然的に大きくなり、構成員の多くは自分がメンバーの一員になっている認識すら持っていないことも珍しくないという。クラスの代表者は、メンバー全員の請求額を合算して提訴するため、被告にとっては一度訴訟を起こされると莫大な損害賠償額となり、また、企業にとってレピュテーションの面からも非常に大きなダメージ受けることになる。

「例えば違法な銀行手数料を取られたということでクラスアクションが起こされることもありますが、手数料の被害はせいぜい1人50 ドルとか100ドル。自分一人では弁護士を雇ってまで訴訟は起こす気にはならなくても、全体の被害として1億ドル程度の損害賠償になるとなれば提訴する価値があり、また、企業に問題の行為を繰り返すことを抑止させることになります」(小島氏)

米国の法律文化に詳しい中村国際刑事法律事務所の中村勉弁護士はクラスアクションについて、「個人が訴えることができないような会社を野放図にすることは正義に反するという発想から生まれた法制度」と説明する。

写真を拡大中村国際刑事法律事務所代表弁護士の中村勉氏

もう1つ、クラスアクションの特徴として挙げられるのが裁判に要する時間の長さ。昨年12 月、米国最高裁は、ウォルマート・ストアーズが女性従業員を差別したとして訴えられた事件について、クラスアクションとして審理することを認める決定を下した。ちなみに、この事件は、100 万人以上の女性従業員を対象とするクラスアクションとして米国史上最大の雇用差別訴訟とされている。この事件は2001 年に提訴されたものであり、10 年近く経って、ようやくクラスアクションとして本格的な審理に入ることが決まったのである。当然、期間が長くなるほど、比例して弁護士費用も高くなる。さらに日本企業の場合は「翻訳費」というオマケが付く。「ドキュメントすべてを翻訳すれば、それだけでも莫大な金額になります」(小島氏)。

企業は提訴されれば弁護士を依頼することになるため、勝ったとしても、かなりの額の支出が発生することが予想される。

Attention!
日本企業として、特に注意したいのが採用や雇用に関する問題だ。中村氏は「歴史的な背景もあってアメリカは特に差別には厳しい」と注意を促す。履歴書に写真を貼らせる、年齢や性別を記入させる、という日本の常識はアメリカでは非常識。非常識どころか差別行為として違法となりうる。「1〜2時間程度の残業なら」と日本においては日常的な勤務体制であるとして安易に考えていると、クラスアクションとして対象となりうるすべての従業員分、すでに退社した従業員分も含めて莫大な額を請求される事態にもなりかねない。

全米におけるクラスアクションとして提訴される数は膨大かつ増加傾向にあるようだ。小島氏によれば、差別関係の案件だけに絞っても裁判所に持ち込まれた件数は2009 年1 万3720 件だったのが、2010 年は1万4559 件へと増加している。これらのほとんどは和解に持ち込まれているようだが、和解したとしても高額化するケースは多いと小島氏は指摘する。

■海外腐敗行為防止法
もう1つ、米国ビジネスで最近注目されているのが外国公務員への賄賂の問題だ。古くは1976 年のロッキード事件が有名だが、アメリカでは、企業が取引拡大をねらって外国の公務員に賄賂を渡すという行為を防ぐため、1977 年に海外腐敗行為防止法(Foreign Corruption Practices Act 「FCPA」) を制定。米国企業が他国の公務員に賄賂を渡す行為を固く禁じた。この法律は1998 年に大幅に改正され、今ではアメリカ企業だけでなく、アメリカに進出している海外企業、アメリカに駐在員事務所や支店がなくても株式上場している企業、さらに株式上場していなくてもアメリカ預託証券(ADR)を発行している企業等にまで対象が広がった。

そもそもこの法律は、1934 年証券取引所法の一部として制定されたもの。執行機関は司法省と証券取引委員会で、小島氏は「証券関係とは切っても切り離せない関係にある」と説明する。贈賄等の腐敗防止行為を禁止するだけでなく、これを防止するための会計処理や内部統制を明確にすることを義務付けてもいる。

当然、日本でもアメリカでも、企業が自国の公務員に賄賂を渡すことは贈収賄にあたり、固く禁じられている。FCPA がいわゆる贈収賄と異なる点は、贈収賄は国家の中立的な立場で公権力を執行する官吏が、法や道徳に反する形で財やサービスを受けるなど堕落を防ぐことを目的に法制度で厳しく規制しているのに対し、FCPA は、企業が外国の公務員に賄賂を渡して自社製品の販路を広げるような行動を防ぐことで資本主義における公正・公平な自由競争を確保することを最大の目的としていること。

「アメリカでは、国内に限らず、世界全体に同様なルールを広げようとしていて、OECD など国際機関に協力を呼びかけている」(中村氏)という。

2007 年5月、原油を海上のタンカーから陸地の貯蔵施設に移すときに使うマリンホースと呼ばれるゴムチューブの販売活動に関連して、国際的な価格カルテル(入札談合)に関与した疑いがあるとしてブリヂストンの社員を含む日欧企業の幹部8人が逮捕された。ブリヂストン社員は、価格カルテルに関与しただけでなく、中南米や東南アジアなど外国公務員に対する不適切な支払いをしたとしてFCPA
違反でも起訴され、米司法省は2008 年12 月に、同社員が有罪を認めたため、2年の禁固刑と8万ドル(約660 万円)の罰金を課したことを発表した。

Attention!
小島氏は、特に日本企業として気をつけなくてはいけない点として、お土産や、食事接待などを挙げる。この法律で「賄賂」の定義は金銭に限られているわけではなく、「anything of value」、つまり価値あるものすべてを対象としている。また、直接、公務員に賄賂を渡さなくても、例えば、現地でエージェントに依頼する際、何かの許認可を取るなどの名目として上乗せして支払った費用が公務員に渡ってしまうというのもアウトだ。

■法的リスクマネジメント
中村氏は、日本企業がこうしたリスクに備えるためには、アメリカへ進出する前に、あらかじめ日米の弁護士とチームを組んで法的リスク分析を行うべきだと指摘する。具体的には、どのような業種の企業なら、どのような法律に抵触する危険性があるのかなどについて、体系的にリスクを洗い出し、整理することを提案する。その上で、雇用や商取引などにおいて日本で採用しているシステムを、弁護士の
アドバイスをもとにアメリカの法規制を遵守させるよう再構築するなどの対応を行うべきだとする。「日本の風習をそのままアメリカに持ち込むことで法律に抵触してしまうようなケースはいくらでもある」と中村弁護士は注意を呼びかけている。