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「パワハラ」という単語にだけ反応して、指導が及び腰になることはリスクマネジメントの観点からも、育成の観点からも、組織文化の観点からも誤りです。パワハラの基準を確認し、「堂々と指導できる企業文化」を目指しましょう。

■事例:パワハラの指摘


「課長、それ、パワハラですよ」

その言葉が発せられた瞬間、Aさんの背筋を冷たいものが走りました。指摘されたのは、ただの業務指導のつもりで発した一言です。納期が迫る案件に対し、「もっとスピード感を持ってやれ」と言っただけ。しかし、その一言が「圧力」と受け取られてしまったのです。

Aさんは新人の頃の記憶を思い出します。上司に怒鳴られながら必死に食らいついた日々。あの厳しさがあったからこそ、今があると信じてきました。しかし、その価値観はもう通用しません。

「飲みに行こう」と誘えばアルハラ、「その年齢ならもっと頑張れるだろう」と言えばエイハラ。育休の話題に触れれば、マタハラと受け取られるかもしれない。Aさんは、言葉の選択にこれまで以上に神経を使うようになりました。

他にもセクハラ、モラハラ、スメハラと職場は“〇〇ハラ”の嵐です。何を言っても、何をしても、誰かの地雷を踏む可能性があります。

社内ポータルには「ハラスメント防止研修」のメニューが並んでいます。しかし、研修を受けても「指導」と「ハラスメント」の境界線を示すことができず、現場の管理職たちは不安を抱えたままです。

若手社員の価値観は変わりました。「仕事より自分の心を守ることが大事」と彼らははっきり口にします。Aさんは理解しようと努めますが、同時に焦りもあります。成果を出さなければ会社は回りません。でも、強く言えば「パワハラ」と言われ、距離を取れば「放置」と言われ、どちらに転んでも批判されてしまいます。

Aさんは、昔の上司の言葉「部下を守れ。それが上司の仕事だ」が今も耳に残っています。しかし今、Aさんは自問します「守るとは何か? 叱ることか、褒めることか、それとも何もしないことか?」

気がつくと、若手社員たちが笑いながら和気あいあいと仕事をしています。Aさんは静かに息を吐き、「納期」と注意したい気持ちを、ぐっと抑えるのでした。