始業式でのスピーチが流出した(写真:Adobe stock)

前回、辺野古沖転覆事故をリスク視点で再発防止も含めて検証したが、その後も相変わらず関係者に再発防止の動きが見えず、それどころか自己弁護や現実逃避に終始している様にさえ映る状態が続いている。海上保安庁の捜査、文科省の調査の結果を待つ以外にないのが現状だとも感じるが、再び取り上げてみたい。

質が悪く映ったままなのは、オールドメディアの姿勢もだ。本当にジャーナリズムの矜持はどこにいったのだろう。疑問への沈黙を貫いているが、流石の酷さに、BPOにも多くの抗議が寄せられていると聞く。だが、具体的な改善に向かう様子は一切感じられない。報道の自由、表現の自由という言い訳をするかもしれないが、私は納得がいかない。放送法などの厳格な適用や、軽減税率の対象から新聞を外すといった事を考える時が来たのではないだろうか。

今回もこの件に言及せざるを得ないと痛感させられた事象がある。同志社国際高校の始業式で行われた校長先生のスピーチ内容が流出し、ネット界隈で批判が集中、右翼団体の抗議活動が先鋭化し始めているということだ。批判は分かるが、状況を偏った視線で一方的に追求するのでは、決して再発防止などあり得ない。負の連鎖を生み出し、同じ穴の狢になりかねないのだ。

ネット界隈での批判は先鋭化しがちだ(写真:Adobe stock)

そういう意味で、私は、ネット界隈での批判とは少し距離を置いた、異なる視点で、かつ可能な限り客観的に、是々非々で語っていく覚悟だ。もちろん、再発防止を念頭に入れている。

まず、流出したスピーチで最も批判が多かった部分は

「今回の事故の直接的な原因は学校にない」

という発言だ。「責任がないと開き直った」「無責任だ」といった攻撃が行われている。しかし、実際の発言は、こう続く。

「未然に防ぐために、回避するために行った行動が充分でなかった責任が大きい」

つまり、責任がある主旨の発言が続けられているのだ。

ここだけを見ると、いわゆる「切り取り」による批判であったわけで、決して「責任が無い」と開き直った発言ではない。しかし、であるならば、直接的原因を否定する前段のくだりは不要であり、百歩譲って危機管理コミュニケーションの視点では言ってはならないフレーズであることは間違いない。

その様な常識は当然、承知しているはずだと思うが、それでも言わざるを得なかった、あるいは、言わしめた遠因があるのだと邪推してしまう。その本当の所は、推測であって本人以外に知る術もないが、全文の論旨や他の言動から行間を読むことは可能だろう。試みてみたい。