日本では、デフレ環境下での調達が続いた(写真:Adobe stock)

前回、ホルムズ海峡封鎖によるサプライチェーン全体の影響を予見できなかった日本のバイヤー達を、批判口調で語った。敢えて予見しなかったとみるべきであり、平時にやるべきことをやらず、有事になってから慌てて藁をもつかむ行動を取ったが故に、リスクをつかんでしまうまでに至ったのだと。

持続可能で強靭なサプライチェーンの構築が至上命題であるはずのバイヤー達が、この様な事態に陥っているのは、何らかの原因があるはずだ。必要以上の引き合いが需給ひっ迫に影響することや、代替ルートを用意していたところで社会全体が影響を受ける有事において何の役にも立たない現実、社会的批判を受けかねない脆弱なルートの存在などは、少しの知識や思考力があれば容易に認識できるはずだ。だが、現実はできなかった。つまり思考停止させている何かが必ずあったのだと推測できる。

私自身の歴史観で言わせてもらおう。発言したことが現実になってしまう「言霊」という発想の影響もあると思っている。結婚式で「切れる」「別れる」、試験前には「落ちる」「滑る」が禁句になるといった具合であり、日本人なら身近なものだ。これは、日本文化の弱点とも言える。

筆者は、日常的な禁句に、言霊信仰の歴史的背景を見て取る(写真:Adobe stock)

言霊信仰では、リスクを想定すること自体が忌み嫌われてしまいがちであり、リスクを口にする人がいれば、「悪」者として遠ざけられてしまう。これでは持続可能性などを語っても、正常化バイアスに支配され、形骸化されたものにしかならない。

また、「和をもって貴しとなす」「万事公論に決すべし」という話し合い重視で、融和的思考が行き過ぎた結果、リスク提示をする意見などは場を乱すとされ、敬遠されやすい土壌が生まれてしまっているのも確かに日本文化の特徴だといえる。是は是、非は非と割り切れず、「みんな頑張っているのだから」「そうはいっても・・・」、当事者の一人なのに「私に言っても・・・」などと現実に向き合う姿勢にブレーキがかけられてしまい、「赤信号みんなで渡れば怖くない」になってしまいがちなのだ。

これらの要素は、今までの論考でも触れてきたことがある。ただ、今回は別の環境的要因、つまり、日本の置かれた社会環境による影響を、最大の要因として指摘したい。長く続いたデフレ社会こそ、その要因なのだ。

失われた30年といわれるほど、長期にわたる低成長、デフレ社会に浸りきった日本社会において、バイヤーの役割は、良い言い方をすれば単なる「価格交渉担当」であり、悪い言い方をすれば「値切り屋」だった。その実態は、長期にわたって沼にはまっていったのだと、私は考えている。

その証拠に、昨今のコストプッシュ型インフレの影響と、政府主導の下請け擁護政策である価格転嫁の推進によって、値上げが相次ぐ状況で、バイヤー達は、値上げ要請への対応に東奔西走し多忙を極めているのだ。よく考えてもらいたい。値上げも単なる価格変動の一つに過ぎない。調達するのに、価格条件は一つの交渉要素であり、価格というものは決して固定的ではなく、需給の関係や市場優位性、自社における事業性などを踏まえて、論理的な適正価格に管理するのがバイヤーの責務であるはずなのだから、本来、何も変わってはいないとさえ言える。