2017/04/17
熊本地震から1年

私の母は熊本市東区で一人暮らしをしており、昨年の熊本地震で被災しました。私は昨年4月16日の、いわゆる本震の24時間後の深夜に熊本入りし、次の日に関西にある私の自宅に避難させました。地震直後から24時間あまりのうちに発生したことについては、実は目新しいことが分かったわけではありません。家具の固定や足の悪い母を9階から地上に避難させることなど、以前から「やっておいたほうが良い、考えておいたほうが良い」と言われ続けてきたことがいかに大事であるかを、当事者になってみて改めて痛感しました。

想定内の中の想定外
母が当時しきりに言っていたことは「熊本には台風や火山噴火が発生しても、地震が起こるとは思っていなかった」ということでした。この言葉はほかにもさまざまなところで耳にしましたので、このことについて考えてみたいと思います。ここに、「熊本県地域防災計画(平成27年度修正)」があります。これは熊本地震発生前のものです。
■熊本県地域防災計画(平成27年度修正)
http://cyber.pref.kumamoto.jp/bousai/Content/asp/topics/topics_detail.asp?PageID=6&PageType=past&id=1101
このなかに地震に関する被害想定が掲載されていますが、それによれば最悪の地震規模は「布田川・日奈久断層帯中部・南西部連動型」の地震で「M7.9」(実際の熊本地震では、本震がM7.3)が予想されています。活動場所は少し異なりますが、まさに今回の地震を引き起こしたと考えられている断層帯です。
また、文部科学省が、同じく熊本地震発生前のわずか3か月前、2016年1月に公表していた「今までに公表した活断層及び海溝型地震の長期評価結果一覧」では、日奈久断層帯(八代区間)でM7.3程度の地震が今後30年間に発生する確率は「ほぼ0%~16%」。この結果一覧では約200の活断層がリストアップされていますが、確率の最大値だけでランク付けすると、全体の3位にあたります。同断層帯の日奈久区間は「ほぼ0%~6%」とされ、最も危険とされるグループである「我が国の主な活断層の中では高いグループに属する」にランクされています。ちなみに、今回の調査を阪神・淡路大震災前に行ったと仮定すると、発生確率は8%だったといいます。南海トラフ地震はけた違いだということが分かります。
次に、同じく熊本県地域防災計画に記載されていた主要な項目について、実際の熊本地震の被害データと比べてみましょう。
・想定死者数960人→225人(関連死など含む。4月12日現在)
・想定負傷者数27400人→2620人
・想定避難者数15万6000人→4月17日朝は18万人超。しかし翌日は10万人程度に
・想定全壊建物数2万8000棟→8360棟
・想定半壊建物8万2300棟→32261棟
(被害数字は「内閣災害対策本部:平成28年(2016年)熊本県熊本地方を震源とする地震に係る被害状況等について」による)
となります。要するに、大筋で「想定内」で収まっていたのです。そして大切なのは「想定内」であったにもかかわらず、対応が決して十分ではなかったことで、これは「想定外」の事態が起きてそうなってしまうよりも、根が深い問題なのかもしれません。なぜなら、地震の発生を予想し、被害を想定しながら地域防災計画を立てていたにもかかわらず、その対策を「本気」で講じていなかったことが示唆されているからです。
東日本大震災以降、「想定外」が問題視され「最悪の事態を描写する」ことが重要とされてきましたが、そのような大きな数字を机上で計算し、頭の中で思い浮かべるだけで満足する傾向にあるのではないでしょうか。
避難カルテを「防潮堤」の代わりに
最後に、「防災に「も」強い町」として頑張っている高知県黒潮町の取り組みをご紹介したいと思います。まず私が好きな言葉を2つご紹介します。
「私たちの町には美術館はありません。美しい砂浜が美術館です」
「私たちの町には防潮堤は(十分には)ありません。缶詰が、避難カルテが、防潮堤なのです」

黒潮町は東日本大震災後の2012年3月31日に内閣府が公表した「南海トラフの巨大地震による震度分布・津波高について(第1次報告)」のなかで、全国で最も高い「最大津波高34.4m」の想定をつきつけられました。全国のニュースに取り上げられ、週刊誌には「町が消える」とまで書かれました。そのような絶望的な状況の中で黒潮町長の大西勝也氏をはじめ役場の人たちは防災の原点に立ち返り、ハードではなくソフトで対策を講じます。黒潮町は震災前から「私たちの町には美術館はありません。美しい砂浜が美術館です」として砂浜を美術館に見立ててTシャツアート展を開催するなど、ユニークな取り組みを展開していました。同じような発想で、現在は町内全戸で「津波カルテ」を作成し、来るべき災害に備えています。
また、同町では最大津波高34mを逆手に取り、「34ブランド」の缶詰(We Can Project)工場を町内に作って雇用を確保するなど、現在では防災だけでなく地域の活性化も、地区防災計画づくりと並行して展開しています。
「私たちの町には防潮堤は(十分には)ありません。缶詰が、避難カルテが、防潮堤なのです」
という言葉は、このような素晴らしい町の取り組みから生まれたものなのです。
関連記事
■「対策」ではなく「思想」を創る 住民と900回のコミュニケーション (高知県黒潮町)(出典:C+BOUSAI Vol.1)
http://www.risktaisaku.com/articles/-/1834
(了)
熊本地震から1年の他の記事
- 「想定内」の中の「想定外」が問題~熊本地震から感じたこと三題~
- 熊本地震、LINEでの情報収集が4割
- 防災を起点に地域コミュニティを活性化~地区防災計画の概要<熊本地震から1年>
- 関連死166人孤立死14人という数字は非常に重い。熊本地震が投げかけた課題と地区防災計画のあり方
- LINE、熊本市と防災で協定
おすすめ記事
-
入居ビルの耐震性から考える初動対策退避場所への移動を踏まえたマニュアル作成
押入れ産業は、「大地震時の初動マニュアル」を完成させた。リスクの把握からスタートし、現実的かつ実践的な災害対策を模索。ビルの耐震性を踏まえて2つの避難パターンを盛り込んだ。防災備蓄品を整備し、各種訓練を実施。社内説明会を繰り返し開催し、防災意識の向上に取り組むなど着実な進展をみせている。
2025/06/13
-
「保険」の枠を超え災害対応の高度化をけん引
東京海上グループが掲げる「防災・減災ソリューション」を担う事業会社。災害対応のあらゆるフェーズと原因に一気通貫の付加価値を提供するとし、サプライチェーンリスクの可視化など、すでに複数のサービス提供を開始しています。事業スタートの背景、アプローチの特徴や強み、目指すゴールイメージを聞きました。
2025/06/11
-
-
リスク対策.com編集長が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2025/06/10
-
その瞬間、あなたは動けますか? 全社を挙げた防災プロジェクトが始動
遠州鉄道株式会社総務部防災担当課長の吉澤弘典は、全社的なAI活用の模索が進む中で、社員の防災意識をより実践的かつ自分ごととして考えさせるための手段として訓練用のAIプロンプトを考案した。その効果は如何に!
2025/06/10
-
-
緊迫のカシミール軍事衝突の背景と核リスク
4月22日にインド北部のカシミール地方で起こったテロ事件を受け、インドは5月7日にパキスタン領内にあるテロリストの施設を攻撃したと発表した。パキスタン軍は報復として、インド軍の複数の軍事施設などを攻撃。双方の軍事行動は拡大した。なぜ、インドとパキスタンは軍事衝突を起こしたのか。核兵器を保有する両国の衝突で懸念されたのは核リスクの高まりだ。両国に詳しい防衛省防衛研究所の主任研究官である栗田真広氏に聞いた。
2025/06/09
-
危険国で事業展開を可能にするリスク管理
世界各国で石油、化学、発電などのプラント建設を手がける東洋エンジニアリング(千葉市美浜区、細井栄治取締役社長)。グローバルに事業を展開する同社では、従業員の安全を最優先に考え、厳格な安全管理体制を整えている。2021年、過去に従業員を失った経験から設置した海外安全対策室を発展的に解消し、危機管理室を設立。ハード、ソフト対策の両面から従業員を守るため、日夜、注力している。
2025/06/06
-
福祉施設の使命を果たすためのBCPを地域ぐるみで展開災害に強い人づくりが社会を変える
栃木県の社会福祉法人パステルは、利用者約430人の安全確保と福祉避難所としての使命、そして災害後も途切れない雇用責任を果たすため、現在BCP改革を本格的に推進している。グループホームや障害者支援施設、障害児通所支援事業所、さらには桑畑・レストラン・工房・農園などといった多機能型事業所を抱え、地域ぐるみで「働く・暮らす・つながる」を支えてきた同法人にとって、BCPは“災害に強い人づくり”を軸にした次の挑戦となっている。
2025/06/06
-
リスク対策.PROライト会員用ダウンロードページ
リスク対策.PROライト会員はこちらのページから最新号をダウンロードできます。
2025/06/05
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方