「レジリエンス」って何だろう?( Resilience - Seoraksan National Park, Korea 出典:Fricker)

本連載のテーマである「レジリエンス」という用語は、本サイトに頻繁にアクセスしておられるような皆様には既におなじみの言葉であるが、比較的最近になって多用されるようになった言葉であるため、統一的な定義が定まっておらず、様々な意味合いやニュアンスで使われているのが現状である。

そこで今回は、あくまでも筆者がこれまでにアクセスした範囲内ではあるが、海外の論文や報告書、書籍において、「レジリエンス」がどのように定義され、取り扱われているかを紹介する。いかに幅広い意味で「レジリエンス」という言葉が使われているか、現状を知っていただきたいと思う。

まず基本中の基本として、英単語としての一般的な意味から確認しておきたい。例えば Oxford Living Dictionaries (i)では、「resilience」の意味が次のように説明されている(他の辞書でも、表現は異なるものの、概ね同じように説明されている)。

1. The capacity to recover quickly from difficulties; toughness.
(困難から素早く回復する能力、強靭性。)
2. The ability of a substance or object to spring back into shape; elasticity.
(物質や物体が跳ね返って、もともとの形になる能力、弾性。)

上の説明は、人、組織、物質や物体など様々な対象が想定された一般的な意味だが、社会セキュリティに関する用語を定義した国際規格 ISO 22300(およびそれを翻訳して制定された JIS Q 22300)では、特に組織を対象として次のように定義されている (ii)

resilience(レジリエンス)

adaptive capacity of an organization in a complex and changing environment(複雑かつ変化する環境下での組織の適応できる能力。)

NOTE  Resilience is the ability of an organization to manage disruptive related risk.(注記  レジリエンスは、中断・阻害を引き起こすリスクを運用管理する組織の力である。)


これらの間で、レジリエンスが「能力」だということは共通しているが、規格における定義では、回復するとか元の形に戻るとか、そういった様々な対処行動をまとめて「適応」と表現しているため、幅広い曖昧な定義になっている。

一方、様々な学術分野でレジリエンスに関する論文が多数発表されているが、「レジリエンス」という用語の定義が定まっていないため、まず著者が「レジリエンス」をどのように定義するか、もしくはどのように捉えているのかを明らかにしないと、論文として成り立たない。したがって、これまでに発表されている論文では、それらが論文の冒頭に近い部分で示されている (iii)

次表は様々な論文や書籍におけるレジリエンスの定義を、筆者がこれまでにアクセスした範囲でまとめたものである。整理のしかたについても様々な軸があり得るが、次表はレジリエンスを発揮した結果として、どのような状態になるのが望ましいと考えているか、という観点でまとめてみた。

写真を拡大 様々な論文や書籍におけるレジリエンスの定義(出典は各項目の注記の通り。注記のない部分の日本語訳は筆者。)

これらよりもさらに拡張した考え方として、「bounce forward」という概念を提案している例もある。英語圏でレジリエンスの概念を説明する際に、「bouncing back」(跳ね返る)という表現がよく使われるが、これに対して「bounce forward」(「跳ね進む」とでも訳すべきであろうか?)というのは、外部から受けたインパクト(事故や災害など)に対して主体的に適応し、さらに自己変革によってそれを乗り越えていくというものである。

例えば雑誌『リスク対策.com』2016年11月号(Vol. 58)で紹介させていただいた、国際赤十字・赤新月社連盟による報告書 (xiii)で、このような考え方が事例とともに示されている。

また、どのくらいの時間軸でレジリエンスを考えるか、という観点で整理することもできる。すなわち、事故や災害のような突発的な事象だけを対象とするのか、市場の変化のように徐々に進行していくような状況変化まで対象に含むのか、という観点でも、人によって捉え方が異なるのが現状である。

したがって我々としては、「レジリエンス」という言葉の定義や捉え方、使い方が、個々の人や論文、書籍などによって異なるという前提に立って、この用語を使う必要があることに留意しなければならない。日常の会話の中で、もしくは様々な書物を読む際に、もし何か誤解やすれ違い、矛盾などが生じている可能性を感じたら、言葉の定義を確認することが必要かもしれない。

「レジリエンス」は今後も当分の間は重要なキーワードであり続けると思われる。このような現状をふまえて、上手に使っていきたいものである。


(i)https://en.oxforddictionaries.com/
(ii)英語部分は ISO 22300:2012、日本語部分は JIS Q 22300:2013 からそれぞれ引用した。

(iii)例えば2017年4月11日付の記事(http://www.risktaisaku.com/articles/-/2611)で紹介したDavid Mendonçaらの論文では、直接的にレジリエンスの定義が書かれていないものの、この論文においてレジリエンスをどのようなものと考えているかが、冒頭に近い部分で示されている。
(iv)Sheffi, Y. (2005) The Resilient Enterprise - Overcoming Vulnerability for Competitive Advantage: The MIT Press.
(v)Ponomarov, S. Y., Holcomb, M. C. (2009) "Understanding the concept of supply chain resilience," The International Journal of Logistics Management, Vol. 20, No. 1, pp. 124-143.
(vi)Bruneau, M. et al. (2003) "A Framework to Quantitatively Assess and Enhance the Seismic Resilience of Communities," Earthquake Spectra, Vol. 19, No. 4, pp. 733-752, Nov.
(vii)Christopher, M., Peck, H. (2004) "Building the Resilient Supply Chain," The International Journal of Logistics Management, Vol. 15, No. 2, pp. 1-14.
(viii)Zolli, A., Healy, A. M. (2012) Resilience - Why Things Bounce Back: Headline Publishing Group.
(ix)McChrystal, S., et al. (2015) TEAM of TEAMS - New rules of engagement for a complex world, New York: Portfolio / Penguin. なお右側部分は同書の邦訳版から引用した。:スタンリー・マクリスタル、他 (2016) 『TEAM OF TEAMS - 複雑化する世界で戦うための新原則』,日経BP 社,吉川南、尼丁千津子、高取芳彦(訳)
(x)日本語訳については同書の邦訳版から引用した: スタンリー・マクリスタル、他 (2016) 『TEAM OF TEAMS - 複雑化する世界で戦うための新原則』,日経BP 社,吉川南、尼丁千津子、高取芳彦(訳)
(xi)Walker, B., Salt, D. (2006) Resilience Thinking, Washington, D.C.: Island Press.
(xii)この部分が前述の McChrystal の書籍に引用されているので、日本語訳については同書の邦訳版から該当部分を引用した。
(xiii)International Federation of Red Cross and Red Crescent Societies (2016) World Disasters Report 2016 - Resilience: saving lives today, investing for tomorrow.

(了)