『Asia Science Technology Status for Disaster Risk Reduction』の表紙から

災害対策には様々な分野の学術的知見が必要であることは、本サイトにアクセスされる方の多くが既に認識されていると思う。本サイト(およびその前身であった雑誌媒体の『リスク対策.com』)にも多様な研究者の方々が登場しておられるし、また関連するセミナーでも多くの研究者の方々が登壇され、貴重な研究成果や、それに裏打ちされた知見を共有して下さっている。

今回紹介する『Asia Science Technology Status for Disaster Risk Reduction』(以下「本報告書」)は、日本を含むアジア諸国において、災害リスク軽減のために科学技術がどのように活用されているか、その現状をまとめたものである。

本報告書をまとめたのは Asia Science Technology Academia Advisory Group(ASTAAG)という組織である。これは国連国際防災戦略事務局(UNISDR)のアジア太平洋オフィスが、仙台防災枠組に対応して 2015 年に創設した、研究者を中心としたグループである(注 1)。

まず本報告書の前半部分では、災害リスク軽減における科学技術の状況が、国ごとに(注 2)それぞれ 4 ページにまとめられており、日本に関する評価結果は表 1 のようになっている。これらは国内の複数の研究者に対するインタビューなどを中心とした調査の結果を踏まえてまとめられている。

写真を拡大 表 1 日本における災害リスク軽減に対する科学技術の活用状況(1 低 <---> 高 5) (出典)「Asia Science Technology Status for Disaster Risk Reduction」p. 26 の表を筆者が和訳

また、これらの評価項目は大きく 3 つのカテゴリに分かれており、それぞれのカテゴリについての現状や問題意識が文章でまとめられている。例えば「意思決定における科学技術」というカテゴリに関しては、中央防災会議などの重要な会議体のメンバーに科学者が含まれているほか、それ以外にも科学者の意見が政府の意思決定に反映される機会があることや、自治体から大学教授や研究者に対して、意思決定への助言やハザードマップの開発、災害対応計画などへの助言を求めていることなどが記述されている。

また、「科学技術に対する投資」のカテゴリに関しては、政府から多額の助成金などが提供されているものの、例えば火山の監視能力など、まだ不十分な部分があることが指摘されている。

さらに、科学に基づく洪水ハザードマップが作成されていない市町村がまだ数百残っている事を例にあげ、自治体において科学に基づくリスク軽減を進めるために、さらなる投資が必要であることが訴えられている。

「科学技術と人々との間のつながり」というカテゴリにおいては、主要都市を除く地域における災害リスク軽減が遅れており、それらの地域においては高齢者人口の増加が重要な課題の一つになるという認識が示されている。例えば建物の耐震構造の開発は進んでいるが、地滑りのリスクを軽減する技術は開発されていない。また避難所の快適性が不十分なため、避難したがらない人が発生するという状況が報告されている。

特に、地域における防災においては、人々が安全かつ迅速に避難できるようにするために、社会科学や行動科学の観点も含めた早期警戒システムの開発が必要であるという指摘も記載されている。

後半部分では、災害リスク軽減に科学技術を活用した 28 の事例(日本からは 4 例)が掲載されている。事例の種類も、地震リスクの分析から被災者の復興プログラム、早期警戒システム、気候変動に対する農業の適応など実に多様である。これらは企業にとっては新たな防災関連ビジネスのヒントになるかもしれない。そういう可能性も含めて、ご一読をおすすめしたい。

■ 報告書の入手先(PDF 106 ページ/約 7 MB)
http://www.irdrinternational.org/2016/08/22/asia-science-technology-status-for-disaster-risk-reduction-white-paper/

注1)調査にあたっては Integrated Research on Disaster Risk(IRDR)(http://www.irdrinternational.org/)および Future Earth Research project(http://www.futureearth.org/projects)の支援を受けており、報告書は IRDR の Web サイトに掲載されている。

注2)対象国は次の通り: バングラデシュ、中国、インド、インドネシア、イラン、日本、マレーシア、ミャンマー、パキスタン、フィリピン、ベトナム

(了)