2016/09/11
誌面情報 vol48
東京電力のグループ会社である東電フュエルは、東京電力が運営する火力・原子力発電所の自衛防災組織として活動する防災、警備、そして“火消し”のプロ集団だ。東日本大震災では福島第一原子力発電所の最前線で、自衛隊、東京消防庁とともに注水作業にあたった。しかし、いくつかの課題も顕在化した。彼らは当時の苦い経験を糧に、消火要員の新たな教育プログラムに取り組み始めた。
編集部注:「リスク対策.com」本誌2015年3月25日号(Vol.48)掲載の連載を、Web記事として再掲したものです。(2016年9月11日)

東電フュエルは、2011年7月に、前身である南明興業と、同じ東京電力(以下東電)グループ会社の再編に伴い誕生した。
南明興産が発足したのは1955年。東電に火力発電用の燃料油を供給する事業会社としてスタートした。東電の各発電所に自衛消防組織員を派遣する防災・警備事業を開始したのは1976年。石油コンビナート等災害防止法(石災法)の制定により東電の依頼を受けてのことだ。
石災法の適用を受けるのは火力発電所のみ。しかし、2007年に発生した新潟県中越沖地震により、原子力発電所にも消防要員を派遣するようになった。
この地震では、M6.8の本震が発生した直後に、柏崎刈羽3号機建屋に隣接する変圧器から火災が発生。公設消防は地震による一般市民からの出動要請が多く、発電所に到着し消火活動が開始されるまでには多くの時間を要した。当時の柏崎刈羽原子力発電所では休日、夜間に自衛消防隊要員が常駐しておらず、初期消火活動にあたる専任の職員もいなかった。そのため、東電の要請で当時の南明興産の隊員がすぐに発電所に向かった。
現在、東電フュエルの従業員約490人のうち、東電の火力、原子力発電所の防災・警備事業に関わるのは約190人。11台の消防車と2台の小型消火ポンプ積載車両を所有している。東電が運営する11カ所の火力発電所と、福島第一、福島第二、柏崎刈羽の3カ所の原子力発電所で消防の専門職、いわば自衛消防の専属組織として常駐し、発電所構内にある危険物の貯蔵施設などの巡視や防災設備の点検などを日々の業務として行っている。
東日本大震災では、自衛隊、東京消防庁とともに福島第一原子力発電所の注水作業にあたった。地震の翌日には東京湾周辺にある発電所などから選りすぐりの隊員を集め、最小限の水と食料を持たせて消防車で現地に向かわせ対応した。一方で東日本大震災は、同社の防災・警備事業を見直す転機となった。「東日本大震災までは自衛消防隊は初期消火に務め、公設消防が来るまで持ちこたえるのが任務だと思っていた。しかし、大規模災害では公設消防の助けは届かない。自分たちで事態を終息させる必要を痛感した」と火力原子力防災事業部・事業開発グループチームリーダーの佐藤修一氏は語る。
独自教材を作成
東日本大震災を経験し、「事態を終息させる」火消しとしての役割を果たすために同社が取り組んだのは教育プログラムの改革だった。消防技術向上のために国内外の団体の動向やプログラム、資格制度などを調査し、人材教育の方法や育成に適した組織体制をどう整えたらいいのか検討を重ねた。「隊員の技術力をいかに高めて維持していくかに注力している」と事業開発グループ主任の松阪聰氏は震災後の隊員の教育方針について話す。アメリカで標準化されている危機対応のマネジメントシステム「ICS (Incident Command System)」に詳しく、東京電力の危機管理体制の改革アドバイザーを務めている元在日米陸軍統合消防本部次長の熊丸由布治氏にもアドバイスを求めた。

まず整備したのが教育用のテキストだった。これまでは、必要に応じて市販のテキストを利用していたが、南明興産の頃から受け継がれてきた技能を整理し、さらにアメリカで用いられている消防の教本を組み込み、消防に必要な知識を体系化させるために独自のテキストを作成した。なぜ火は燃えるかという化学的な話から始まり、隊員の移動のステップワーク、ホースの操作方法、消火設備の扱い方、消防戦術まで幅広くカバー。放射能の基礎知識も載せ、どの発電所でも対応できる内容にした。新たに防災・警備事業に着任する際には、この本を読むことが義務付けられているという。
さらに、テキストに書かれている内容が組織全体に浸透するよう、新たにエキスパートによる教育部隊を立ち上げ、各事業所で指導と訓練にあたれる仕組みにした。「これまでは防災・警備事業の立ち上げ時に各機関で消防技術を身につけた人々の経験に頼っていた部分が大きかった。各発電所でOJTによるトレーニングが中心で、どの発電所でも高い能力水準を維持できる仕組みが足りなかった」と事業開発グループマネージャーの中沢真吉氏は振り返る。
3ランクのワッペンで技能を見える化
現場で指揮を執る指揮者と、消防車を扱う機関員、ホースを持って消火にあたるノズルマンの3つの職能については、同社独自の「防災技術技能認定制度」を設けた。これまでは、主に経験年数で隊員の能力を評価していたが、知識なども加味したランク別の識別章を導入することで隊員の技術を「見える化」各発電所の現場し、指揮官が隊員の能力を見極め、素早く適切に指示できる体制にした。識別章の導入で、隊員それぞれが自分の技術レベルを客観的に見つめ直し、知識と技術の向上に励むことができる環境にもなった。

ちなみに、入社からノズルマンを経て指揮者に昇格するには最短でも9年間の経験が必要になるという。危険物取扱者、消防設備士などの国家資格や外部機関による研修も認定試験の受験要件として組み込んだ。識別章は指揮者が黄色、機関員は水色、ノズルマンは緑色で色分けした。
誌面情報 vol48の他の記事
- 自衛消防を見直せ 米流は「エビデンスから学び取る」
- 消防教育を変える!発電施設を守る“火消し”のプロ集団
- 自衛消防組織の手引き
- 社会変化に応じた自衛消防のあり方 正社員の不在、技術者の流出などに備える
- 特集1 多発する火災・爆発事故をいかに防ぐ!?
おすすめ記事
-
-
入居ビルの耐震性から考える初動対策退避場所への移動を踏まえたマニュアル作成
押入れ産業は、「大地震時の初動マニュアル」を完成させた。リスクの把握からスタートし、現実的かつ実践的な災害対策を模索。ビルの耐震性を踏まえて2つの避難パターンを盛り込んだ。防災備蓄品を整備し、各種訓練を実施。社内説明会を繰り返し開催し、防災意識の向上に取り組むなど着実な進展をみせている。
2025/06/13
-
「保険」の枠を超え災害対応の高度化をけん引
東京海上グループが掲げる「防災・減災ソリューション」を担う事業会社。災害対応のあらゆるフェーズと原因に一気通貫の付加価値を提供するとし、サプライチェーンリスクの可視化など、すでに複数のサービス提供を開始しています。事業スタートの背景、アプローチの特徴や強み、目指すゴールイメージを聞きました。
2025/06/11
-
-
リスク対策.com編集長が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2025/06/10
-
その瞬間、あなたは動けますか? 全社を挙げた防災プロジェクトが始動
遠州鉄道株式会社総務部防災担当課長の吉澤弘典は、全社的なAI活用の模索が進む中で、社員の防災意識をより実践的かつ自分ごととして考えさせるための手段として訓練用のAIプロンプトを考案した。その効果は如何に!
2025/06/10
-
-
緊迫のカシミール軍事衝突の背景と核リスク
4月22日にインド北部のカシミール地方で起こったテロ事件を受け、インドは5月7日にパキスタン領内にあるテロリストの施設を攻撃したと発表した。パキスタン軍は報復として、インド軍の複数の軍事施設などを攻撃。双方の軍事行動は拡大した。なぜ、インドとパキスタンは軍事衝突を起こしたのか。核兵器を保有する両国の衝突で懸念されたのは核リスクの高まりだ。両国に詳しい防衛省防衛研究所の主任研究官である栗田真広氏に聞いた。
2025/06/09
-
危険国で事業展開を可能にするリスク管理
世界各国で石油、化学、発電などのプラント建設を手がける東洋エンジニアリング(千葉市美浜区、細井栄治取締役社長)。グローバルに事業を展開する同社では、従業員の安全を最優先に考え、厳格な安全管理体制を整えている。2021年、過去に従業員を失った経験から設置した海外安全対策室を発展的に解消し、危機管理室を設立。ハード、ソフト対策の両面から従業員を守るため、日夜、注力している。
2025/06/06
-
福祉施設の使命を果たすためのBCPを地域ぐるみで展開災害に強い人づくりが社会を変える
栃木県の社会福祉法人パステルは、利用者約430人の安全確保と福祉避難所としての使命、そして災害後も途切れない雇用責任を果たすため、現在BCP改革を本格的に推進している。グループホームや障害者支援施設、障害児通所支援事業所、さらには桑畑・レストラン・工房・農園などといった多機能型事業所を抱え、地域ぐるみで「働く・暮らす・つながる」を支えてきた同法人にとって、BCPは“災害に強い人づくり”を軸にした次の挑戦となっている。
2025/06/06
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方