2016/01/24
誌面情報 vol53
東日本大震災、タイ大洪水を経てリスクを一元管理
株式会社ケーヒン

仙台市から海沿いを南へ車で1時間ほど。福島県との県境にほど近い角田市に主要拠点を構えるケーヒンは、オートバイや自動車の燃料供給部品や電子制御部品、空調システム部品など、さまざまな部品を手がけるメーカーで、現在は北中南米、ヨーロッパ、アジアなど世界14カ国に拠点を持ち、32のグループ会社に2万2060人の従業員を抱えている。独自の展開で
2006年から自然災害BCP 構築に着手し、備えの充実を図ってきた。東日本大震災では想定外の津波と地震により大きく被災したが、BCPの発動により自社だけでなく取引先の復旧にも多くの社員が総力を上げて、早期復旧を可能にした。2つの災害を経て、現在同社では全世界の拠点でBCM体制強化に取り組んでいる。
「もともとは地震など自然災害に対応するためのBCPだったが、東日本大震災やタイの洪水を経験し、全社的なリスクを管理するBCMへと手法を変えた」と話すのは、株式会社ケーヒンBCM推進室長の太田和広氏。

同社のBCP構築は2006年から開始した。宮城県沖地震の発生確率が30年以内99%という非常に高い確率で発生するという報道などに触れ、まず全社的な防災活動に取り組みはじめた。生産設備で1万2000カ所に及ぶ転倒防止や落下防止策を施したほか、全体の25%にも及んだ旧耐震基準の建物をすべて新耐震基準を満たすように補修するなど、積極的にBCPを展開してきたという。2011年の東日本大震災では周辺が大きな打撃を受けるも、BCPを発動する事で操業中の人的被害はなく、生産設備では被害を最小限に抑え、通電後72時間で大量生産を開始することができた。また、同年のタイの洪水に対しても被害はあったものの、東日本大震災での水没した設備復旧の経験が生かされ、早期復旧することができた。しかし、「想定を超えた2つの災害には力づくで対応してしまったが、次はもう“想定外”とは言えない。事業継続を阻害するリスク全体をカバーするBCMへの進化が必要だと痛感した」と当時を振り返る。
翌年の2012年、これまで兼務で対応してきたリスクマネジメントを、専任部門での対応とするよう経営層に働きかけ、BCM推進室の設置に至った。代表取締役専務をRMO(リスクマネジメントオフィサー)とする役員室直轄のBCM推進体制を整え、2012年度は重要項目として、全社で取り組む15の重要リスクと部門で取り組む36の個別リスクを洗い出し、BCM強化に乗り出した。
グローバルリスク対応の強化

BCM推進室で力を入れているものの1つが、グローバルリスク対応だ。同社では、全社リスク連絡会ネットワーク体制を確立。「中国本部」「アジア本部」「欧州統括」「米州本部」に分け、そのほか国内外子会社も含めて全社リスク連絡会を実施するようにし、国内外におけるリスクの例外をなくした。連絡会は四半期毎に開催し、グローバルでリスクマネジメントの状況を把握し、リスクのレビューと施策の進捗確認について、担当のリスクオフィサーを通じて情報を共有する。危機対応規定も4カ国語に翻訳し、グローバル全拠点で活用できる体制を整えた。
同社でユニークなのは、国ごとにリスクを洗い出し、評価点検表を作成していることだ。上場している会社は、その有価証券報告書の中で会社が取り組むべきリスクを報告しなければいけないが、その項目と関連する形式で事象について「重要性」「緊急性」「拡大性」に分けて評価し、それがある一定の点数以上になると重点リスクとし、それ以外を個別リスクとした。そのほかにも国ごとに政治、経済など多面的な評価を施し、「国別リスク分析調査票」を作成した。高橋氏は「国別リスク分析調査票は、ある程度は日本国内でも作成できる。外務省のホームページなど、ネットに出ている情報でも信頼できる情報は多い」とする。そして、そのリスク一つひとつに全て行動マニュアルを現地で作成させ、そのすべてにおいて、例外なく訓練を通じて実効性を点検している。また、BCMが一方的な展開にならないよう、部門や拠点と個別に意見交換の場を設けたほか、リスクマネジメントの理解を深めるため、自社オリジナルテキストで教育活動も展開。さらに活動の形骸化を防ぐため、全部門の職務分掌の中にリスク対策を織り込んだ。各施策の実施には、監査室も巻き込んでいる。
予兆からリスクを把握する

同社では、リスクを危機のレベルを下表のように0から3までの5段階に分け、予兆段階から監視し、リスクの未然防止や拡大防止に努めている。
0と1-は予兆段階だが、情報共有のほか、部門が何らかのアクションをとるかとらないかで分かれる。1+になると、情報室を設置する。なんらかのリスクは考えられるが、まだ事業に与えるインパクトは小さく、影響は短期的なリスクで、小規模な感染症やサイバー攻撃などもここに入る。2、3は事業に与えるインパクトが大きく、およそ10億~100億円程度のインパクトを与えるものがレベル2、100億円以上の損失を与えるものをレベル3とした。
現在、海外を含めリスクの0以上の予兆段階にあるものは、月度単位でグローバル全拠点のリスク発生時案を集約し、イントラネットで公開。全拠点へ情報発信し、情報共有につとめている。2014年度は、全世界で279年の予兆を察知し、そのうち何らかのリアクションをとった案件は212件にのぼった。さらに年度での発生リスクとその対応をレビューし、次年度の施策展開に反映させている。
太田氏は「はじめはこちらからお願いしないと情報が上がってこなかったが、現在は3年目になり、こちらから何も言わなくても現地である程度の対応をしてくれるようになった」と手ごたえを感じている。
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