1. はじめに:まだ経験していない大規模な火山噴火

日本は海外に比べて、自然災害が発生しやすい国土といわれている。ここ半世紀で、台風、大雨、大雪、洪水、土砂災害、地震、津波、などによる激甚災害は一通り経験したのではないだろうか? ただ一つ経験していないのが、大規模な火山噴火だ。狭い国土に、111の活火山が存在している。国内で、ここ半世紀あまりで発生した火山噴火はあるものの、小規模な地域限定の噴火であり、大都市の経済活動や社会インフラに大きな影響は出ていない(※今年8月に発生し、軽石の漂流/漂着問題等を起こしている、小笠原諸島の福徳岡ノ場における海底火山噴火は、噴出量が10億立方メートルを超える大規模噴火で、「1914年の桜島火山大正噴火に次ぐ規模」と報告されているが、「海底火山」であり、陸上における、都市部への火山噴火災害とは異なるため、本稿の対象外とする)。

図-1:日本列島における大規模噴火/巨大噴火の歴史
(出典:大規模火山災害対策への提言【参考資料】/内閣府防災情報)

 BCPリスクで見過ごされている火山噴火に伴う降灰の堆積に起因する影響は、交通・電力・水道など、交通インフラやライフラインにおける被害の原因になるだけでなく、他の分野に波及し、連鎖することで、日常生活や社会経済活動に大きな影響が懸念される。特に、ライフラインへの影響において、日常生活や社会経済活動に不可欠な電力供給に大きな被害が想定されているのは、ご存じであろうか? 富士山が直近で噴火した1707年(宝永の噴火)は、その7週間前に推定マグニチュード8.6 - 9クラスと推定される宝永地震が起こったことが知られている。この地震の震源は南海トラフであり、日本最大級のものであったという。もし、南海トラフと富士山の噴火がほぼ同時に起こるようなことになれば、関西・太平洋沿岸は津波と揺れの被害に襲われ、首都圏は降灰により都市機能を失う日本全滅ともいえる最悪のシナリオが起こり得る。本稿では、令和2年4月に公表された、中央防災会議の報告書などをもとに、電力供給関連の発電や送配電のリスクにフォーカスして解説する。

2. 災害要因(火山災害の種類)と社会インフラへの影響

地震や津波と比較して、経済活動や社会インフラへの影響が見過ごされている火山噴火。昨今、活火山である富士山の噴火において、首都圏を含む広域で、火山灰の降下(降灰)による大きな被害の想定が公表されている。

内閣府 令和2年4月7日公表「大規模噴火時の広域降灰対策について( 報告 )」
山梨県 令和3年3月改定「富士山ハザードマップ」
( 注意:降灰については新たなシミュレーション等を行っていないため平成16年版報告書の内容を踏襲し再掲 )


火山災害をもたらす、火山活動に起因する現象を大きく区分すると、下記のように、「噴火現象」と「その他の火山現象」に分けられる。

1. 噴火現象 
●溶岩の噴出
 ・火山砕屑物の噴出
 ・火砕流 
 ・火山灰
 ・火山礫
 ・火山岩塊
  etc.
●火山ガスの噴出

1-1. 噴火に伴う現象
●火山泥流
●山体崩壊
●津波
●火山性地震
●空振・爆風・火山雷

2. その他の火山現象
●火山性地震
●火山性地殻変動
●地熱活動の変化

富士山から100キロメートルあまり、首都圏においては富士山噴火による災害要因は、粒径の細かい火山灰の降灰にフォーカスして良いであろう。噴火口からの距離により、影響を与える災害要因は変化するが、距離の離れた首都圏へ甚大な影響を与える降灰に起因する社会インフラへの影響は、下記が想定される。

●交通分野  :道路、鉄道、航空、船舶 等
●ライフライン:電力、上水道、下水道、通信 等
●建築設備  :建物、設備(空調など)、家電製品・情報機器 等

図-2、図-3に、国の中央防災会議のワーキンググループの報告書による主要なインフラ等における被害や影響の発生要因や相互関係のイメージを示す。降灰により、日常生活や社会経済活動が、広範囲で影響を受けることがわかる。

図-2:主要なインフラ等における被害や影響の発生要因や相互関係のイメージ
(出典:大規模噴火時の広域降灰対策検討ワーキンググループ、2019/ 別添資料2降灰による影響の閾値の考え方)

降灰の影響は、他の分野へ波及することで被害が拡大しやすい。 特に、交通・電力・水道分野で発生する被害が他分野へ波及すると、日常生活や社会経済活動に波及して大きな影響がでる。

図-3:主要なインフラ等における被害や影響の発生要因や相互関係のイメージ
(出典:大規模噴火時の広域降灰対策検討ワーキンググループ、2019/別添資料2 降灰による影響の閾値の考え方)

3. 首都圏での降灰被害

中央防災会議の報告書では、富士山噴火が1707年12月の「宝永噴火」と同規模の大噴火が発生し、15日間継続し、7億立方メートルの噴出物が放出された想定でシミュレーションが行われている。風向きによっては、噴火の発生から2~3時間程度で、東京都や神奈川県など首都圏の広範囲に火山灰の堆積がはじまり、鉄道の運休や停電、断水などの被害が出始め、首都圏機能の麻痺が始まるとされる。富士山ハザードマップでは、首都圏において東京23区、神奈川、千葉、埼玉域で、噴火期間中の積算で2センチから10センチの降灰が予測されている(図-4)。比較用として、高さ15キロメートルの噴煙がほぼ2週間継続した富士山宝永噴火(1707年)による降灰分布図も紹介しておく(図-5)。首都圏においては、広域の降灰により、除去する必要がある火山灰は、最大で東日本大震災の災害廃棄物量の約10倍に相当する約4.9億立方メートルに及ぶと試算されている。

図-4:富士山ハザードマップ検討委員会における降灰量
(出典:富士山ハザードマップ 令和3年3月改定 )
【注】一度の噴火で、ここに塗られた範囲の全てに降灰が広がるわけではない( 各地点における降灰予想結果の最厚堆積深を包絡した降灰分布図)
図‐5:富士山宝永噴火(1707年)による降灰分布図
(出典:富士山ハザードマップ検討委員会 中間報告 平成14年6月12日)

鹿児島の桜島では、日常的に噴火があり降灰も発生しているが、富士山ハザードマップで想定される2センチ〜10センチの降灰量は、桜島における日常の降灰量とは比較にならない膨大な量である。桜島の降灰で、大きな被害が出ていない事例を、安心材料にしてはならない。桜島での最大の噴火となる大正の大噴火(1914年)では、10億立方メートル以上の噴出物が放出され「風下約40キロメートルまで、30センチ以上の火山灰の堆積」があったとされている。