ちょっとした段差などを乗り越えるのも一苦労な車椅子が、山道などの険しい道でも走れるようになる。こんな夢のような商品「けん引式車椅子補助装置 JINRIKI」を開発したのが中村正善氏。2011年年3月の東日本災害をきっかけに「少しでも人の命を救いたい」という強い思いから、脱サラをして株式会社JINRIKIを設立。人力車のように車椅子を引っ張ることができる世界初の商品を生み出した。商品開発も営業も福祉も全くの未経験の世界に挑戦したいきさつを聞いた。
(危機管理ビジネスEXPOに製品掲載)

 

 

私は元々物も作ったことないし、営業もしたことがない、福祉のことも知らない、普通のコンピュータを扱うサラリーマンでした。ただ、障がい者の弟がいました。子供の頃は、弟の車椅子を押して原っぱなどに遊びに行ったものです。原っぱに行くと車椅子はほとんど動かなくなる。ですから前輪を高く持ち上げて、大きなタイヤだけで動き回る技を使っては弟を楽しませたものです。残念ながら弟は中学生にして夭逝しました。体が弱かったのです。その後は、何十年も車椅子とは全く縁のない生活をしていました。

車椅子は16世紀に発明され19世紀には一般に普及し始めましたが、その後150年間、形はほとんど変わっておりません。大きなタイヤが二つ後ろにあって小さなタイヤが前に二つある。座った状態で人間の大きな体を支え、じっと動かないでいられるようにするにはこの方法が一番適しているからです。しかし、前輪が小さいため段差などは乗り越えることができない。タイヤが大きければ段差も乗り越えられるのですが、安定性を重視するため走破性を犠牲にせざるをえないのです。

地域活性化に障がい者を呼び込みたい

サラリーマンになって、コンピュータの仕事に携わっていたころ、長野県の上高地を活性化させるプロジェクトを任せていただいたことがあります。コンピュータとは全く関係がない仕事でしたが、もともと好事家だったこともあり、挑戦してみることに。考えたのが、ここに来たくても来れない人にこそ、この素晴らしい自然を楽しんでほしいということ。思い描いたのは、障がい者や高齢者の方々です。障がい者や高齢者が来てくれれば介助の方も数人付いてきてくれます。経済効果も少なくない。ただしバリアフリーどころか、健常者でも大変な山道ですから、普通の車椅子では通れるはずがない。世界中のあらゆる車椅子を物色しましたが、タイヤが太いタイプがあるくらいで山道を登れるようなものはありませんでした。それで、前輪を持ち上げたまま動かすことができるような商品を開発できないかと考えたわけです。

東日本大震災での決意

ただ、私は物も作ったことなど一度もないし、販売したこともない。結局、諦めざるを得ませんでした。ちょうどその時に発生したのが東日本大震災です。犠牲になられた方の中には障がい者の方も多かったと聞き胸を痛めました。もし、車椅子を手軽に牽引できる装置があれば多くの命を救えるかもしれない。そう思ったとき、全てを投げ出してでも、これまで認めてきた車椅子の避難補助装置を本気で開発しよと覚悟を決めました。