先ごろ、外食産業大手のコロワイド傘下であるカッパ・クリエイト前社長および同社幹部が不正競争防止法違反で逮捕されました。逮捕された前社長は、ライバル企業であった回転すしチェーンのはま寿司を経営するゼンショーホールディングス取締役であった2020年9月に、その権限を利用して、はま寿司の食材の種類、ネタの仕入れ値、寿司原価などのデータを取得。その後、2020年11月にカッパ・クリエイトに転職していました。転職後は、前職で取得したそれらのデータを基に、はま寿司とかっぱ寿司の原価の比較表などを作成していたとされています。入手した情報はカッパ・クリエイト社内のメールで複数の社員に共有されていたことも判明し、カッパ・クリエイト社が営業秘密の取得や使用に組織的に関与していたとみられ、警視庁は法人としての同社の書類送検に踏み切りました。

□事例:転職にあたり注意すべきこと

さて、大手製造業に勤務しているAさんは、今度、競合他社であるB社に転職することになりました。開発部に勤務しているAさんの能力を高く買ってくれたB社からの引き抜きで、厚待遇での転職です。AさんはB社においても開発に携わる予定ですが、カッパ・クリエイト社の社長逮捕の報道を受けて少し怖くなってきました。自分が今の会社の秘密情報を持ち出そうなどとは毛頭考えていないものの、記憶している情報もあります。もし、それを思い出してB社での開発に関われば「不正競争」とみなされてしまうのではないかと思ったのです。Aさんは「転職にあたり、どのようなことに注意すべきか?」と考えています。

□解説:不正競争防止法における民法責任

不正競争防止法において、民事上の責任を問えるものとしては

① 不正の手段により営業秘密を取得する行為=「営業秘密の不正取得」 (不正競争防止法2条1項4号)

② 「営業秘密不正取得」が介在したことを知って営業秘密を使用する行為=「営業秘密の不正使用」(不正競争防止法2条1項5号)

の2つがあります。なお、重過失によって①の営業秘密の不正取得であると知らない場合であっても、②の営業秘密の不正使用とされる場合があります。①および②の行為は「不正競争」とみなされ、被害を受けた場合には差止め請求や損害賠償請求を行うことができます。前社長は①と②の罪で逮捕、カッパ・クリエイト社は②の罪で書類送検されました。

不正競争防止法第2条第6項で、「営業秘密」は以下のように定義されています。

「秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上または営業上の情報であって、公然と知られていないもの」

そして、企業が持っている技術やノウハウが「営業秘密」とされるには、以下の3要件がそろっていることが必要です。

① 秘密管理性…その情報が秘密として管理されていること。この場合、企業の秘密管理の意思が従業員に対して明確に示されている必要があります。(例:電子ファイルやフォルダへの閲覧パスワードの設定。文書における「関係者以外閲覧禁止」等の表示など)

② 有用性…広い意味での商業的価値が認められる情報であること。その情報が客観的に事業活動に利用されていたり、利用されることによって経費の節約や経営効率の改善などにも役立つといったような情報であること。この場合、その情報が企業内で現実に利用されているかどうかは問われません。(例:設計図、製造ノウハウ、顧客名簿、販売マニュアルなど)

③ 非公知性…新聞、雑誌などの刊行物、インターネット等に記載されていない、保有者の管理下以外では一般には入手できない情報であること。この場合、全くの第三者が偶然に同じ情報を開発して保有していた場合でも、その第三者がその情報を秘密として管理していれば「非公知性がある」とされます。

ポイントは、その3要件がすべて満たされてはじめて「営業秘密」になるということで、3要件の1つでも欠けていたなら営業秘密ではないとされるところです。下図で表される網掛け部分のみが営業秘密であり、それ以外は営業秘密には該当しません。

【図1:営業秘密の概念図】
 

 

従業員が「営業秘密に該当する情報がどうか」を判断する際に重要なのは、なんといっても秘密管理性の有無になる場合が多いと思われます。

例えば、有用性については「一般的に企業が保有している情報はすべて有用性あり」と思っていて間違いはないでしょうし、非公知性に関しては、プレスリリースやIR情報に記載されているものがどうかについて気にしていればいいでしょう。

秘密管理性の場合、紙媒体や電子媒体での情報については「マル秘」表示やパスワードの設定の有無などで判りやすいですが、気を付けたいのは「物件」に関する秘密管理性の有無です。例えば、「関係者以外立入禁止」の貼紙が張られている中にある情報や、入館ゲートや警備員による立入制限が実施されている建物内にある情報はすべて秘密管理性があるといっても良いと判断すべきで、紙媒体や電子媒体に秘密管理性が示されていない情報であっても、物件それ自体が秘密に管理されていたら「秘密管理性ありの情報」となってしまうことに留意する必要があるでしょう。