各拠点の実情に沿った危機管理マニュアルで属人化を防ぐ

従業員や帯同家族、危険地域への出張者を守るために海外安全対策センターが実施しているのが安全教育だ。駐在員は、赴任前研修で業務関連の内容だけでなく、生活に必要な安全管理や安全対策の知識を身につける。帯同家族は健康管理を含む生活に関わる内容を、出張者は出張時の心得や危険地域での対応策を学習するなど、年間で約300人が受講する。

また各国の拠点長は赴任前に危機管理研修を受講し、危機管理の意識づけと具体的な手法を学ぶ。危険地域で稼働する工場などでは危機管理コンサルタントを講師に迎え安全講習を開催。直近ではメキシコの拠点でカージャックに遭遇した際の対応や心構えに関する講習を開催した。

国内でもプロジェクトマネージャー向けの安全指導を行い、安全な工程の組み方や契約上のリスク低減策などを学ぶ機会を設け、より安全なマネジメントに取り組んでいる。

近年、力を入れているのが各地域の実情に沿った危機管理マニュアルの作成だ。戦争やテロ、暴動など地域の特色に合わせたインシデントを想定し、シナリオを策定する。インシデントの変遷に合わせ、退避のフェーズまでの対応を整理し最終的に50ページほどになった。尾﨑氏は「マニュアル化は、誰が拠点長になっても同じレベルの危機管理を行うことが目的です。危機管理は個人ごとのスキルや経験値の差による影響を受けやすい。その属人化を防ぐための対策です」と説明する。

マニュアル策定にあたっては最初に各国のリスク評価も実施した。「戦争」「テロ」「暴動」「誘拐」「一般犯罪」「自然災害」「パンデミック」「交通事故」を発生確率と事業へのインパクトから5段階で評価し、結果はレーダーチャートを用いて地域ごとの特徴を可視化し、各地域の危機管理マニュアルに記載し対策の根拠として活用している。

これまでに150を超える拠点のリスク評価を実施し、30カ所以上でハイリスクのインシデントが確認された。2022年8月のペロシ米下院議長の台湾訪問に端を発した中国の大規模軍事演習開始を踏まえ、中国の台湾侵攻を想定したマニュアルの作成も進めている。

ファクト情報をもとに「事態を先読みする力」を身に付ける

 

尾﨑氏はもともとは技術者として光通信システムの設計から設置に至るプロジェクト管理などを担当していたという。年に数十回と海外に足を運び、あらゆるリスクに対応してきた。安全や品質が確保されるまで事業を進行させない「ホールドポイント」の設定や戦争や暴動、地震などの不可抗力な被害にあった際に免責される「フォース・マジュール条項」の整備など、海外事業を展開するうえで避けられないリスクの低減に取り組んできた。

一方、海外安全対策センター長としての役割は事業を進めていた当時とは全く異なる。プロジェクトを管理しているときは事業を成功させることに力を注いでいたのに対し、現在は人命を守ることが最優先。そのためには「事態を先読みする力」が必要になる。

事案が発生してから対応しはじめるよりも危険度が高まる前に事態を先読みして安全に退避させる。駐在員と帯同家族、出張者を守るためにはそのような能力が不可欠だ。尾﨑氏は「事態の流れをとらえ、未来に備えられるかどうかが重要です。情報をしっかり追うことである程度は予測できますが、精度を高めるには経験・知見・勘も必要となります。これは日々情報に接することでしか養えません。それも3~5年は必要ではないでしょうか」と話す。

「事態を先読みする力」を身に付けるために尾﨑氏が利用しているのが共同通信「海外リスク情報」だ。「いち早くファクトを提供してくれるので満足度は高い。また国ごとに半年間ほどの記事が時系列に並ぶため、事件の発生頻度の変化など状況の流れを掴みやすく非常に役立っている」と語る。

他のWEBサイトからも情報を集めるが、国内メディアからのファクト情報のソースには「海外リスク情報」が素早く、正確で最も要望に応えているという。駐在員などの退避に関して事業部や人事部長と検討するときにも、ファクト情報を使って状況の経過を時系列で示し説明する。「海外リスク情報」は人命保護の要と言えよう。

新型コロナウイルスによるパンデミックやウクライナ戦争にとどまらず、ドイツのクーデター計画発覚やブラジルの議会襲撃など、世界情勢は激動の時代が続いている。尾﨑氏は「各拠点のリスク管理のレベルを一律に引き上げることを目指し、今後も安全確保に努めていきたい」と語った。