2023/02/07
「共同通信 海外リスク情報」活用術
各拠点の実情に沿った危機管理マニュアルで属人化を防ぐ
従業員や帯同家族、危険地域への出張者を守るために海外安全対策センターが実施しているのが安全教育だ。駐在員は、赴任前研修で業務関連の内容だけでなく、生活に必要な安全管理や安全対策の知識を身につける。帯同家族は健康管理を含む生活に関わる内容を、出張者は出張時の心得や危険地域での対応策を学習するなど、年間で約300人が受講する。
また各国の拠点長は赴任前に危機管理研修を受講し、危機管理の意識づけと具体的な手法を学ぶ。危険地域で稼働する工場などでは危機管理コンサルタントを講師に迎え安全講習を開催。直近ではメキシコの拠点でカージャックに遭遇した際の対応や心構えに関する講習を開催した。
国内でもプロジェクトマネージャー向けの安全指導を行い、安全な工程の組み方や契約上のリスク低減策などを学ぶ機会を設け、より安全なマネジメントに取り組んでいる。
近年、力を入れているのが各地域の実情に沿った危機管理マニュアルの作成だ。戦争やテロ、暴動など地域の特色に合わせたインシデントを想定し、シナリオを策定する。インシデントの変遷に合わせ、退避のフェーズまでの対応を整理し最終的に50ページほどになった。尾﨑氏は「マニュアル化は、誰が拠点長になっても同じレベルの危機管理を行うことが目的です。危機管理は個人ごとのスキルや経験値の差による影響を受けやすい。その属人化を防ぐための対策です」と説明する。
マニュアル策定にあたっては最初に各国のリスク評価も実施した。「戦争」「テロ」「暴動」「誘拐」「一般犯罪」「自然災害」「パンデミック」「交通事故」を発生確率と事業へのインパクトから5段階で評価し、結果はレーダーチャートを用いて地域ごとの特徴を可視化し、各地域の危機管理マニュアルに記載し対策の根拠として活用している。
これまでに150を超える拠点のリスク評価を実施し、30カ所以上でハイリスクのインシデントが確認された。2022年8月のペロシ米下院議長の台湾訪問に端を発した中国の大規模軍事演習開始を踏まえ、中国の台湾侵攻を想定したマニュアルの作成も進めている。
ファクト情報をもとに「事態を先読みする力」を身に付ける

尾﨑氏はもともとは技術者として光通信システムの設計から設置に至るプロジェクト管理などを担当していたという。年に数十回と海外に足を運び、あらゆるリスクに対応してきた。安全や品質が確保されるまで事業を進行させない「ホールドポイント」の設定や戦争や暴動、地震などの不可抗力な被害にあった際に免責される「フォース・マジュール条項」の整備など、海外事業を展開するうえで避けられないリスクの低減に取り組んできた。
一方、海外安全対策センター長としての役割は事業を進めていた当時とは全く異なる。プロジェクトを管理しているときは事業を成功させることに力を注いでいたのに対し、現在は人命を守ることが最優先。そのためには「事態を先読みする力」が必要になる。
事案が発生してから対応しはじめるよりも危険度が高まる前に事態を先読みして安全に退避させる。駐在員と帯同家族、出張者を守るためにはそのような能力が不可欠だ。尾﨑氏は「事態の流れをとらえ、未来に備えられるかどうかが重要です。情報をしっかり追うことである程度は予測できますが、精度を高めるには経験・知見・勘も必要となります。これは日々情報に接することでしか養えません。それも3~5年は必要ではないでしょうか」と話す。
「事態を先読みする力」を身に付けるために尾﨑氏が利用しているのが共同通信「海外リスク情報」だ。「いち早くファクトを提供してくれるので満足度は高い。また国ごとに半年間ほどの記事が時系列に並ぶため、事件の発生頻度の変化など状況の流れを掴みやすく非常に役立っている」と語る。
他のWEBサイトからも情報を集めるが、国内メディアからのファクト情報のソースには「海外リスク情報」が素早く、正確で最も要望に応えているという。駐在員などの退避に関して事業部や人事部長と検討するときにも、ファクト情報を使って状況の経過を時系列で示し説明する。「海外リスク情報」は人命保護の要と言えよう。
新型コロナウイルスによるパンデミックやウクライナ戦争にとどまらず、ドイツのクーデター計画発覚やブラジルの議会襲撃など、世界情勢は激動の時代が続いている。尾﨑氏は「各拠点のリスク管理のレベルを一律に引き上げることを目指し、今後も安全確保に努めていきたい」と語った。
「共同通信 海外リスク情報」活用術の他の記事
- 先行企業の学びを受け継ぎ、進化するオムロンの海外危機管理
- 二度と悲劇を起こさない、矢崎総業の海外安全対策
- 激動の時代における住友商事の安全対策
- 豊田通商グループにおける海外駐在員と出張者の安全管理
- 三菱電機グループの海外安全・危機管理施策
おすすめ記事
-
-
入居ビルの耐震性から考える初動対策退避場所への移動を踏まえたマニュアル作成
押入れ産業は、「大地震時の初動マニュアル」を完成させた。リスクの把握からスタートし、現実的かつ実践的な災害対策を模索。ビルの耐震性を踏まえて2つの避難パターンを盛り込んだ。防災備蓄品を整備し、各種訓練を実施。社内説明会を繰り返し開催し、防災意識の向上に取り組むなど着実な進展をみせている。
2025/06/13
-
「保険」の枠を超え災害対応の高度化をけん引
東京海上グループが掲げる「防災・減災ソリューション」を担う事業会社。災害対応のあらゆるフェーズと原因に一気通貫の付加価値を提供するとし、サプライチェーンリスクの可視化など、すでに複数のサービス提供を開始しています。事業スタートの背景、アプローチの特徴や強み、目指すゴールイメージを聞きました。
2025/06/11
-
-
リスク対策.com編集長が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2025/06/10
-
その瞬間、あなたは動けますか? 全社を挙げた防災プロジェクトが始動
遠州鉄道株式会社総務部防災担当課長の吉澤弘典は、全社的なAI活用の模索が進む中で、社員の防災意識をより実践的かつ自分ごととして考えさせるための手段として訓練用のAIプロンプトを考案した。その効果は如何に!
2025/06/10
-
-
緊迫のカシミール軍事衝突の背景と核リスク
4月22日にインド北部のカシミール地方で起こったテロ事件を受け、インドは5月7日にパキスタン領内にあるテロリストの施設を攻撃したと発表した。パキスタン軍は報復として、インド軍の複数の軍事施設などを攻撃。双方の軍事行動は拡大した。なぜ、インドとパキスタンは軍事衝突を起こしたのか。核兵器を保有する両国の衝突で懸念されたのは核リスクの高まりだ。両国に詳しい防衛省防衛研究所の主任研究官である栗田真広氏に聞いた。
2025/06/09
-
危険国で事業展開を可能にするリスク管理
世界各国で石油、化学、発電などのプラント建設を手がける東洋エンジニアリング(千葉市美浜区、細井栄治取締役社長)。グローバルに事業を展開する同社では、従業員の安全を最優先に考え、厳格な安全管理体制を整えている。2021年、過去に従業員を失った経験から設置した海外安全対策室を発展的に解消し、危機管理室を設立。ハード、ソフト対策の両面から従業員を守るため、日夜、注力している。
2025/06/06
-
福祉施設の使命を果たすためのBCPを地域ぐるみで展開災害に強い人づくりが社会を変える
栃木県の社会福祉法人パステルは、利用者約430人の安全確保と福祉避難所としての使命、そして災害後も途切れない雇用責任を果たすため、現在BCP改革を本格的に推進している。グループホームや障害者支援施設、障害児通所支援事業所、さらには桑畑・レストラン・工房・農園などといった多機能型事業所を抱え、地域ぐるみで「働く・暮らす・つながる」を支えてきた同法人にとって、BCPは“災害に強い人づくり”を軸にした次の挑戦となっている。
2025/06/06
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方