2013/01/18
防災・危機管理ニュース
特別寄稿
グローバルジハードネットワークの脅威
Crisis Manager(日本安全保障・危機管理学会認定) 和田 大樹
1月16日、アルジェリア南東部イナメナスでプラント企業“日揮”の日本人駐在員がイスラム武装勢力に誘拐される事件が発生した。1月18日現在、犠牲者の数や実行犯の実態などその詳細は定かではないが、安全保障の観点からのテロ研究・分析から説明できることを述べたいと思う。
1月18日現在、日本国内でこの事件はどのニュースにおいてもトップ扱いであることからも、日本はこのテロの脅威に非常に驚いている。近年政治経済的にも中国の台頭に注目が集まり、一般社会における国際テロの脅威に対する注目はやや薄れていた感が否めない。
国際社会でも、米国のイラクやアフガニスタンからの撤退によりアルカイダの脅威は薄まったとする風潮が拡大したが、アルカイダに代表されるテロの脅威は決して衰退しているわけではない。むしろ今日のアルカイダとは、ビンラディンが率いた伝統的なアルカイダ組織(“Al-Qaeda Core”と呼ばれる)に加え、今回の事件の背景にあるAQIMなどアルカイダという名前を自らの組織名につけ、自らアルカイダの地域支部を名乗るグループ(“Al-Qaeda affiliate”と呼ばれ、他にイエメンに拠点を置く“AQAP、アラビア半島のアルカイダ”やイラクにある“AQI、イラクのアルカイダ”などがある)、パキスタンのラシュカレタイバやタリバン、インドネシアのジェマーイスラミアなどアルカイダを名乗らないが歴史的な繋がりを持ち、または目的や価値観が合致する場合にアルカイダとの協調を進める組織(Al-Qaida Ally)や欧米国内で出現するホームグローンジハーディストなどを含んだ、一種のネットワーク機能やフランチャイズ機能を有する、より特定が困難な不透明な脅威に変化したとする見解が専門家の間でも根強い。
そして今回日本人駐在員が被害にあった事件では、実行犯はAQIMから分派した組織によるものとされているが、世界的なテロ研究者の間では近年アフリカ地域におけるアルカイダ系統の活発化について強い懸念が示されてきた。特にポスト・アラブの春において、チュニジアやエジプトなどで独裁政権が崩壊したことで国家の統治能力が脆弱化し、一種の空白地帯が生まれ、そこにアルカイダなどの勢力が聖域(Safe Heaven)を確保するために入り込むという傾向がよく見られるようになった。それは今回の事件が発生したアルジェリア南部やマリ北部などのサハラ地帯、内戦が続くシリア、国家の統治能力が以前から脆弱なソマリアやイエメン、新たなテロの温床として懸念されるシナイ半島など、今日のアルカイダ系勢力の拠点があるとされる地域と一致するのである。9.11同時多発テロ時には、タリバンの支援もあり、アフガニスタンがコア・アルカイダの聖域と化していた。
またアルカイダ系統の目標は厳格なイスラム法によるカリフ国家の創設であり、それは世俗的で、民主主義、市場経済の世界で生きる我々日本人が理解する事は難しい。欧米諸国やアラブ政府はアルカイダとの交渉や和平は難しいと割り切っており、このような人質事件が発生しても、妥協する事は返ってアルカイダ系統のグローバルジハーディストを勢い付かせると警戒している。
毎回アルカイダ系統の組織が人質を殺害するわけではないが、地域的な目標を持つ武装集団、もしくは金銭など非政治的目標を持つグループによるものと比べ、アルカイダ系統のイデオロギーが今日の一般国際社会と相容れることはより困難で、人質の扱いも非常に荒いことから、そのような地域へ進出する企業は相当な注意が必要だ。
また今回のテロ事件の性質上、これは国際テロ、いわゆるグローバルレベルでのテロリズムとして取り扱われるものであり、この事件と同じような性質を持つテロはアルカイダ系ネットワークが活動する(もしくは今後警戒すべき)ソマリアやイエメン、マリ、ニジェール、エジプト、イラク、シリア、パキスタン、アフガニスタン、ウズベキスタン、ナイジェリア、ケニア、フィリピン、インドネシア、タイ、インド、バングラディシュ、ミャンマー、ロシアなどで発生する潜在的な可能性がある。
今回の事件を機に海外進出する日系企業には、改めて政治的リスク、テロリスクの脅威について考え、人間の命を最優先にした海外進出戦略が必要だ。
【報告者紹介】
和田 大樹(わだ だいじゅ)
1982年4月15日生まれ、中央大学法学部法律学科卒、同大学大学院公共政策研究科修了
専門は国際関係論や国際政治学、外交・安全保障政策、国際危機管理論で、現在は清和大学法学部非常勤講師、岐阜女子大学南アジア研究センター特別研究員、海洋政策研究財団特任研究員、日本安全保障・危機管理学会研究員等を兼任。現在はジハーディズムや海洋安全保障問題を中心に研究し、外国の研究機関や学会誌をはじめ、新聞、論壇誌、企業専門誌、警察・公安誌などに論文や解説を発表している。発表論文に、“Perspectives on the Al-Qaeda”(CTTA March.2011, ICPVTR,南洋工科大学)、“各地に拡がるアルカイダ系統の脅威(上)(中)(下)”(インテリジェンスレポート、それぞれ2012年 11月号第50号、2012年12月号第51号、2013年1月号第52号 株:インテリジェンスクリエイト)など32本、解説など25本。学会発表に、“アフリカにおけるアルカイダ系組織の最新情報”日本防衛学会 平成24年度秋期研究大会 11月23日 防衛大学校
- keyword
- 海外リスク
防災・危機管理ニュースの他の記事
おすすめ記事
-
-
備蓄燃料のシェアリングサービスを本格化
飲料水や食料は備蓄が進み、災害時に比較的早く支援の手が入るようになりました。しかし電気はどうでしょうか。特に中堅・中小企業はコストや場所の制約から、非常用電源・燃料の備蓄が難しい状況にあります。防災・BCPトータル支援のレジリエンスラボは2025年度、非常用発電機の燃料を企業間で補い合う備蓄シェアリングサービスを本格化します。
2025/04/27
-
自社の危機管理の進捗管理表を公開
食品スーパーの西友では、危機管理の進捗を独自に制作したテンプレートで管理している。人事総務本部 リスク・コンプライアンス部リスクマネジメントダイレクターの村上邦彦氏らが中心となってつくったもので、現状の危機管理上の課題に対して、いつまでに誰が何をするのか、どこまで進んだのかが一目で確認できる。
2025/04/24
-
-
常識をくつがえす山火事世界各地で増える森林火災
2025年、日本各地で発生した大規模な山火事は、これまでの常識をくつがえした。山火事に詳しい日本大学の串田圭司教授は「かつてないほどの面積が燃え、被害が拡大した」と語る。なぜ、山火事は広がったのだろうか。
2025/04/23
-
リスク対策.com編集長が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2025/04/22
-
帰宅困難者へ寄り添い安心を提供する
BCPを「非常時だけの取り組み」ととらえると、対策もコストも必要最小限になりがち。しかし「企業価値向上の取り組み」ととらえると、可能性は大きく広がります。西武鉄道は2025年度、災害直後に帰宅困難者・滞留者に駅のスペースを開放。立ち寄りサービスや一時待機場所を提供する「駅まちレジリエンス」プロジェクトを本格化します。
2025/04/21
-
-
大阪・関西万博 多難なスタート会場外のリスクにも注視
4月13日、大阪・関西万博が開幕した。約14万1000人が訪れた初日は、通信障害により入場チケットであるQRコード表示に手間取り、入場のために長蛇の列が続いた。インドなど5カ国のパビリオンは工事の遅れで未完成のまま。雨にも見舞われる、多難なスタートとなった。東京オリンピックに続くこの大規模イベントは、開催期間が半年間にもおよぶ。大阪・関西万博のリスクについて、テロ対策や危機管理が専門の板橋功氏に聞いた。
2025/04/15
-
BCMSで社会的供給責任を果たせる体制づくり能登半島地震を機に見直し図り新規訓練を導入
日本精工(東京都品川区、市井明俊代表執行役社長・CEO)は、2024年元日に発生した能登半島地震で、直接的な被害を受けたわけではない。しかし、増加した製品ニーズに応え、社会的供給責任を果たした。また、被害がなくとも明らかになった課題を直視し、対策を進めている。
2025/04/15
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方