1階部分が完全につぶれてしたった民家(穴水町)

一般財団法人危機管理教育&演習センター(EEC、代表理事:細坪信二)は、2月17日~18日の2日間、令和6年能登半島地震で大きな被害を受けた七尾市や穴水町、輪島市の視察を行った。視察地は七尾市の和倉温泉や穴水町の漁港、輪島市の旅館やスーパーマーケットなど。視察を企画した細坪氏は「多くの企業は震災後1カ月をめどに、事業継続やビジネスの再開について動き始める。しかし大規模な災害によってダメージを受けたビジネスが、震災以前とまったく同じように事業を復旧させることは難しい。これまでとは異なる方針や路線でビジネス展開することを考えなくては企業の存続そのものがままならない状況もあるのではないか。今回の能登訪問では、被災して立ちゆかなくなったビジネスをどのように復興させるかについて知恵を出し合い、場合によっては連携できそうな企業を紹介することを視野に入れている。ビジネス復興の応援プロジェクトという位置づけである」と語った。
今回から数回に分けて視察概要を紹介する(取材・執筆:株式会社エーピーフォース代表/EECメンバー 川村丹美)。

■損傷が激しい七尾市和倉温泉

視察メンバーは2月16日金曜日の夜から高岡市内で宿泊して準備態勢を整え、翌17日の朝、レンタカーに自分たちの食糧や水を積んで能登半島に入った。はじめに七尾市で大きな被害を受けた和倉温泉の状況を確認した。

七尾市は比較的復興が進んでいる地域とのことだったが、和倉温泉の周辺は損傷が激しかった。ホテルの大きな建物が両側から大きな力で引っ張られたかのように、真ん中からパックリと割れている。建物ごと傾き壁が崩落しているホテルもある。車寄せの石畳も盛り上がり、ボロボロだ。あちこちでホテルの修復作業が行われており、作業員以外には人もおらず、開いている店はほとんどない。ようやく1軒、「ひっぱり餅」を売っている土産物店を見つけた。水はまだ出ないが、商品は被害の少なかった白山で製造が継続できているため、店を開けているのだという。

真ん中で割れたように傾斜してしまった建物(七尾市和倉温泉)

■美しい屋根瓦は地面に落ちていた

穴水町も大きな被害が出た地域だ。能登地方を回っていると黒く美しい瓦屋根が日差しを受けて光っている風景に心惹かれるのだが、その瓦屋根ごと地面に落ちており、1階部分がまったく消滅したかのような状態の家が多い。家の扉には「被災建築物応急危険度判定」を受けたことを示す3色の紙が貼られており、そのほとんどが「危険」を示す赤い紙だった。

市街地の駐車場には、NTTドコモの移動基地局車がアンテナを空に向けて停まっていた。

■被災しても前向きな牡蠣養殖業者が語る復興プラン

次に訪問したのは能登牡蠣の養殖地で知られる穴水町の漁港。牡蠣の養殖を営む「松村水産」の被災状況について松村政揮氏(60)にヒアリングをし、今後の復興プランについて意見交換を行った。松村氏の自宅も「危険」を示す赤い紙が貼られている。作業場も被災した。だが、松村氏の口からは、これからの展望に関する前向きな言葉が次々と出てくる。何より松村氏のこれまでの生き方を聞くにつけ、可能性が無限にあることに気づかされる。松村氏は細坪氏の示す復興プラン案にも興味を示し、共鳴しあう二人の話は尽きなかった。

今後のビジョンを語り合う村松氏と細坪氏

■メディアで取り上げられない能登町の火災

穴水町を辞したあとに訪問したのは、能登町消防団松波分団。発災時の状況や団員がとった対応についてヒアリングを行った。消防副団長の金七(きんしち)祐太郎氏(58)は、輪島の朝市の火災が大きく取り上げられているためあまり報道されていないが、能登町でも火災が発生したのだと話してくれた。道路が崩壊したり崩れた家によって消防車が通れない箇所があり、小さなポンプ車で迂回して火災現場にたどりついて、ようやく消火活動を行ったそうだ。別の団員は、必死で消火活動を行ったのだが、その時のことは、実はあまり記憶がないのだと話してくれた。未曽有の揺れと津波に襲われたあとの火災。指揮命令系統が麻痺した中で、どれほど動揺し混乱したことか。その中でも懸命に消火活動をされたのだろう。

話を聞いているうちに消防団の皆さんはそれぞれに本業があり、被災して業務が止まったままの人もいることがわかった。その業務の再開はどう進めたらいいのかということについても、細坪氏から提言を行った。