「赤いきつね」CM炎上は何をあらわにしたのか?
第15回:「非実在型炎上」の罠
吉野 ヒロ子
1970年広島市生まれ。博士(社会情報学)。帝京大学文学部社会学科准教授・内外切抜通信社特別研究員。炎上・危機管理広報の専門家としてNHK「逆転人生」に出演し、企業や一般市民を対象とした講演やビジネス誌等への寄稿も行っている。著書『炎上する社会』(弘文堂・2021年)で第16回日本広報学会賞「教育・実践貢献賞」受賞。
2025/04/10
共感社会と企業リスク
吉野 ヒロ子
1970年広島市生まれ。博士(社会情報学)。帝京大学文学部社会学科准教授・内外切抜通信社特別研究員。炎上・危機管理広報の専門家としてNHK「逆転人生」に出演し、企業や一般市民を対象とした講演やビジネス誌等への寄稿も行っている。著書『炎上する社会』(弘文堂・2021年)で第16回日本広報学会賞「教育・実践貢献賞」受賞。
「非実在型炎上」とは、東大の鳥海不二夫教授(計算社会科学)が提唱した概念です。実際には炎上といえるほど批判や罵倒コメントが殺到しているわけではないのに、少数の批判的な投稿だけに焦点を当てて「炎上」したと騒ぐことを指します。
典型的には、芸能人のInstagramなどへの投稿に対して、ネガティブなコメントがいくつかついたのを抜き出して「◯◯が炎上!」と記事化し、PVを稼いで広告収入を得る、というものです。
そんな記事でも、ニュースアプリなどに配信されますので、みなさんも、「言うほど炎上しているわけではないのでは?」と思うような記事をご覧になったことがあるのではないでしょうか。
「非実在型炎上」が生まれたのは、ネットメディアが伸長するにつれ、スポーツ紙のオンライン版や独立系のネットニュースなどで「こたつ記事」──こたつに入ったまま書ける記事──がどんどん増えていったからです。
ネット広告の単価は非常に低いので、手間をかけて取材活動したら利益が上がりません。手っ取り早く、人々の注目を集めることができるコンテンツを毎日毎日用意するために「非実在型炎上」や「◯◯が話題となっている事件に関して、こうコメントした」というだけの「ニュース」が日々配信されるようになりました。
このあたりの事情については、Yahoo!ニュースの編集長を務められた奥村倫弘さんが『猫がメディアを支配する』(2017)で詳しく書かれています。
フェイクではなくても、そんな「ニュース」ばっかりになってしまったら、世の中一体どうなるんだろうという大問題はさておき、今回は、この「非実在型炎上」という概念が勝手に独り歩きした結果、企業広報にとってまた別のリスクが発生しているかもしれない、という話をさせていただきたいと思います。
2025年2月に、東洋水産の「赤いきつね」のアニメCMが、過剰に女性を性的に描いているとして、炎上しました。
批判側の主な論点は
・やたらと息遣いや、涙眼、上気した感じが強調されており、過剰に性的である
・同時期に男性キャラクターを主人公としてつくられた「緑のたぬき」と比べると、明らかに男性目線の描かれ方となっている
・女性は自宅でドラマ鑑賞、男性は残業というステレオタイプは今どきアリなのか?
といったところだったようです。
参考:「《東洋水産カップ麺CMが炎上》作家・甘糟りり子さん「インスタント麺は進化したが、ジェンダーについては進歩がない」 50年前にもあったインスタント麺CM“ジェンダー問題”で放送中止騒動」(NEWSポストセブン)
https://www.news-postseven.com/archives/20250308_2027346.html?DETAIL
とはいえ、別に肌の露出が多いわけでもなく、このくらいは問題ないのではとする投稿も男女問わず多かったようです。
しかし、Xに投稿されていた「緑のたぬき」の男性キャラに「赤いきつね」の女性と同じように、つやつやうるうるほわほわな演出を加えた画像(※1)を見ると、女性キャラのみに加えられた演出はまぁまぁ異様だな…と私は思ってしまいました。
(※1)「「赤いきつね」CMと同じ表現方法で性別だけ変えた「シンプルなもの」」(@Xiangtuaihoney)
https://x.com/Xiangtuaihoney/status/1892224630808625571
ところで、ジェンダー表現関連の炎上は「批判派」と「批判は不当である派」で揉めることが多いです。特にアニメが絡むものですと、なにはともあれアニメの「表現の自由」を守ろうとする方々が参戦してくるので、さらに揉めます。
今回も「批判派」「批判は不当である派」に加え、指が6本になっているカットがあるなどCMの表現に不審な点があったことから「生成AIを使って制作したのではないか派」も加わり、しっちゃかめっちゃかなことになって、制作したスタジオが声明を出すことになりました(※2)。
(※2)「弊社企画の「赤いきつねうどん」ショートアニメ広告に関して」(@inc_CHOCOLATE)
https://x.com/inc_CHOCOLATE/status/1892771226579276132
ちなみに、今回のCMキャンペーンは、「赤いきつね」は女性が自宅でドラマを楽しんでいる、「緑のたぬき」は男性が一人で残業している、という対比構造を取っている時点で、イギリスのジェンダーステレオタイプ表現に関する広告規制ガイドラインに抵触する可能性が高いのではないかと思います。
参考:「広告人のためのCSRコミュニケーション入門」(日本広告業協会)※同ガイドラインの解説があるのは、p.42-46
https://www.jaaa.ne.jp/wp-content/uploads/2021/10/csr-book-2021.pdf
イギリスのガイドラインですから、イギリス国内で展開しなければもちろんペナルティはありませんが、グローバルな広告のジェンダー表現基準として、国内でもしばしば紹介されているガイドラインです。
いいか悪いかで言えば、良くないキャンペーンだなと個人的には思いました。
共感社会と企業リスクの他の記事
おすすめ記事
防災は面白くないと広がらない
地震が起きたとき、スマートフォンに通知された情報を頼りに避難を判断することが多いだろう。緊急地震速報の情報から、いまどのように動くべきかを判断できる、そんな身近な危機管理を習慣づけた1 社が、アールシーソリューション(東京都新宿区)だ。2010 年に提供開始したスマートフォンアプリ「ゆれくるコール」は、緊急地震速報を受信できるアプリとして多くのユーザーが利用している。代表取締役の栗山章さんは、数多くのユーザーに防災の重要性を広めてきた一方で、ビジネスとして成り立たせる難しさにも直面してきたという。これまでのサービス開発の経緯や、防災ビジネスへの価値観を聞いた。
2026/09/09
被災施設への再入場判断「戻ってはいけない」では解決しない避難後の問題
大地震が発生し、安全な場所へ避難して一息つくと、人々には「ひとまず危険のピークは過ぎた」という根拠なき安心感が芽生える。そして、さまざまな理由で「避難してきた場所に戻りたい」といった気持ちが生じる。しかし、被害がどの程度なら戻ってよいのかについての明確なルールや事例は、どこを探してもあまり見当たらない。 国には応急危険度判定という仕組みや、施設管理者が建物を緊急点検するための指針などもある。が、これらは避難直後の「戻りたいニーズ」に応える仕組みではない。ここに、避難直後の「再入場」という古くて新しい問題がある
2026/09/09
中澤・木村が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2026/09/08
リスク対策.PROライト会員用ダウンロードページ
リスク対策.PROライト会員はこちらのページから最新号をダウンロードできます。
2026/09/07
暗黙知を形式知へ、10年の徹底改善が生きた
熊本市の工務店・新産住拓株式会社(小山英文社長)は、2016年の熊本地震や近年相次ぐ豪雨災害を通じて災害対応を磨き上げてきた。発生当日は、約3割の社員が定休日で社長も不在という条件下にもかかわらず、地震発生から50分で社員の安否確認をおおむね完了し、2時間後にはホームページや顧客専用サイトで被害受付を開始した。
2026/08/24
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方