4.今後の業績・キャッシュフローの見通し
①売上・損益
8月30日㈫の朝日新聞1面は 「電力制限前倒し解除」と報じています。事業会社にとって売上の増大は必須の重要事項ですが、東京電力は夏場の電力の安定供給のため、電力使用制限令に基づき節電→売上の低下を大口需要家に義務づけている訳です。電力の消費量(売上)が少ないと世間が安心するという奇妙な現象です。その結果、平成23年度第1四半期の 月商は3777億500万円で前年同期の92.8%(7.2% 減)です。売上減による固定費負担の増大、火力発電シフトによる燃料費の増大、さらに老朽火力発電所の 再稼働、等々の事業の損益は悪化するばかりだと思います。秋になり、節電の緩和→売上増は当然の策ですが、今後も一歩誤まれば大停電のリスクが生じます。 冬場になればまた綱渡りの再開だと思います。
仮に原子力損害の賠償費用が当面の損益に影響しなくても、事業の損益の悪化に加え、原子力損害の 賠償に関する事務処理費用・福島第一原子力発電所の事故処理費用を考えれば、 損益の見通しは暗澹(あんたん)たるものがあります。

②福島第一原子力発電所の事故等に関する原子力損害の賠償
東京電力の平成23年度第1四半期の報告書には、 以下のような文面が載っています。

「原子力損害賠償支援機構法(以下「機構法」という) が平成23年8月3日に成立し、機構法では、 新設される原子力損害賠償支援機構(以下「機構」 という)が、原子力損害の賠償の迅速かつ適切な実施等のため、当社に対し必要な資金の援助を行うこ ととされている。また、電気の安定供給の維持等を考慮し、当社は機構に対し収支の状況に照らし設定される特別な負担金を支払うこととされている。当社は徹底した経営合理化による費用削減や資金確保に取り組み、この法律に基づく支援を受けて賠償責任を果たしていく予定である。しかし、機構の具体的な運用等については今後の検討に委ねられている」

福島第一原子力発電所の事故等に関する原子力損害の賠償が東京電力の業績・キャッシュフローに与える影響はいまだ判然としません。

③キャッシュフローの見通し
①で述べた業績悪化の状態は今後とも継続すると思われます。従ってキャシュフローは依然、不安定な状態が継続します。

さらに、莫大な金額になると予想される福島第一原子力発電所の原子炉の処理費用は、キャッシュフローの悪化に大きく影響すると思われますが、現時点では外部からは十分うかがい知ることができません。

福島第一原子力発電所の事故等に関する原子力損害の賠償自体については、「原子力損害賠償支援機構法(以下「機構法」という) 」により、必要な資金の援助を受けられるとしても、多数の相手に対し公正な賠償金支払いを行うための事務費用負担も莫大なものになると考えられます。この全容もいまだ判然としません。

④継続企業の前提に関する重要な不確実性平成23年度第1四半期報告書において、東京電力は「原子力損害賠償支援機構の具体的な運用等については今後の検討に委ねられていることを踏まえると、現時点では継続企業の前提に関する重要な不確 実性が認められる」と記述しています。

⑤資金調達 営業活動によるキャッシュフローの悪化は継続すると考えられます。社債の発行は今後とも困難と思われますから、銀行から資金調達を行わなければなりません。今年度は、社債の返還・長期借入金の返済額の合計は1兆5227億円と開示されています。

まず、手元資金を使用し、不足すればさらに銀行借入が必要となります。

【社債・借入金の状況】( 23年3月末) は下記です。
 長期借入金             3兆4238億円
  社債                      4兆4256億円
 1年以内に返済の長期借入金       7748億円
 短期借入金                             4062億円 
                                         9兆0304億円

東京電力が今後も金融機関の融資を受けられる状態(企業内容)を維持できるかが問題です。将来は 10兆円を超えるかもと思われる銀行の貸付金債権の内容が悪化すれば我が国金融機関の国際的な信用にも影響すると思います。 今後の推移が注目されます。

5.教訓
東京電力は我が国を代表する企業として投資家はじめ世間から極めて大きな信頼を得ていました。柏崎刈羽原子力発電所の災害発生後、福島第一原子力発電所の安全性についていくつもの指摘が行われたにもかかわらず、何ら対策を講ずることなく、東日本大震災が生じ、予想される莫大な原子力損害の賠償と、これに起因する電力需給のひっ迫による業績の悪化で、 東京電力は会社存亡の危機に陥っています。 リスクマネジメントでは、企業は一定レベルのリスクを「想定」して対策を行います。本来は想定以上のリスク発生については「自己保有する」と考えるべきですが、一般的には、 「想定外」のことは「起こらない」と整理されています。原子力発電所のように「想定外のことが起こってはいけない」ケースで「想定リスクのレベル」がそれで良かったのかが 今回シビアに問われています。
政府が、東京電力に対し原子力損害の賠償についてのキャッシュフローの支援策を確立したとしても、 長期的に悪化する財務体質の中で、電力の供給責任を維持し、 金融機関の融資・社債権者の保護を図り、国民負担の最小化を図るには数多くの難題の処理が待っています。

東京電力は、 リスクの発生によるキャシュフロー・財務体質の悪化、企業の将来に関して極めて深刻な問題を我々に投げかけています。すべての企業にとって他人事ではありません。我々は「企業が想定している以上のリスクの発生にいかに対処するか」について改めて真剣に考えるべきだと思います。

【付言】

「夏がくれば思い出す はるかな尾瀬 遠い空」
昭和24年、高校1年の時 NHK ラジオ歌謡で放送された 「夏の思い出」 は私の大好きなメロディーです。 東京電力は尾瀬国立公園全体の約4割、特別保護地区の約7割の土地を所有し昭和30年代後半から、 約20km(全長65km)にわたる木道の敷設やアヤメ平の湿原回復作業などに永年にわたり取り組んでこられました。関係者のご努力によって、今後とも尾瀬の自然が損なわれることが無いよう心から祈っております。