4. 懲戒処分の実施タイミング

(1) 無罪推定の原則と懲戒処分

不正行為が捜査機関に発覚する前に、内部通報等を通じて会社に露見し、社内調査の手続きにおいてそうした不正行為の概要と不正行為者が判明した場合は、当然のことながら、捜査機関による捜査を待たないで当該不正行為者を懲戒処分とすることができます。

一方、社内で不正行為が発覚する前に、不正行為者が捜査機関に逮捕されるなどして、社内調査と捜査とが並行して実施される場合には問題があります。ここで問題となるのは「無罪推定の原則」です。これは、何人も有罪と宣告されるまでは無罪と推定されるという刑事手続きの大原則です。もっとも、これはあくまでも刑事手続きにおけるルールであり、一般社会生活上のルールではありません。そのため、労働関係においてまで、刑事裁判により有罪が確定するまで処分できないということにはなりません。 

しかし現在では、労働法上の従業員の身分についてもこの原則を参考にしながら、取り扱いについて段階的に検討していくというアプローチが取られています。特に、対象者が否認している場合には、慎重に対応する必要があります。具体的には、検察官の終局処分を待って、起訴された場合には起訴休職とし、有罪判決が確定して初めて懲戒処分とする配慮が必要でしょう。

(2) 逮捕・勾留された場合の取り扱い 

まず逮捕・勾留中ですが、この場合、会社に何の連絡もなく欠勤が続いた場合は無断欠勤に当たります。しかし、家族から連絡があり、逮捕され身柄が拘束されているために出勤できない場合には、多くの会社では欠勤扱いもしくは年次有給休暇の消化という形で取り扱っています。現に私が担当していた事件でも、有給休暇の消化という形で扱ったものがあります。中には、人事担当者が、逮捕された従業員が勾留されている警察署に赴き、面会の上、辞職届に署名押印してもらう事例もありますが、のちに不起訴ないし無罪となった場合、本人が認めていなかったにもかかわらず、無理に署名させられたとして将来争われる可能性があります。本人が認めている場合には告知聴聞の機会としては、本人への面会で十分であるという考え方もあると思いますが、事件の内容や性質等について解明できていない段階で、重い懲戒処分を科すことには問題があり、検察官による最終的な処分を見守り、一定の結論が出てから慎重に懲戒処分について検討するのが妥当です。

(3) 不起訴とされた場合の取り扱い

検察官の捜査処理としては、不起訴と起訴があります。起訴の中でも、正式起訴と略式罰金があります。また、不起訴にも「起訴猶予」、「嫌疑不十分」、そして「嫌疑なし」という三種類があります。不起訴になった場合でも、起訴猶予なのか、それとも嫌疑不十分あるいは嫌疑なしなのかによって、処分の軽重は異なると思いますので、処分内容に注意すべきです。もっとも、嫌疑なしというのは人間違いで逮捕した場合等に限られ、実際上はほとんどありません。

嫌疑不十分というのは、この人を犯人にするには証拠が足りず、起訴するには証拠が不十分であるということを言います。起訴猶予というのは、この人が犯人であるという証拠は十分あるのですが、前科前歴がないことや示談が成立していることなど、諸事情を考慮して今回は起訴しないという判断のことを言います。

したがって、不起訴と一口で言っても、起訴猶予と嫌疑不十分では全く異なると言えます。起訴猶予であれば、犯人であるという証拠がある以上、懲戒処分は可能となります。逆に、嫌疑不十分な場合は犯人性、事件性に疑義があるということですから、懲戒処分、特にその重さについては、特段の注意を要します。 

例えば、国鉄厄神駅職員事件においては、女子高生を強姦したという容疑で逮捕・勾留されましたが、本人は否認し、その後、被害者の父親が告訴を取り下げ起訴猶予となりました。この事案では、証拠十分で起訴猶予として不起訴処分がなされたのに対し、懲戒解雇とした処分を有効としました。前述のように、起訴猶予というのは、検察官の意見は犯人に間違いないということです。しかし、告訴がないから起訴できないという判断にすぎず、それに基づく懲戒解雇は有効とされた判例です。 

また、大津郵便局職員事件では、強姦致傷行為をしましたが、告訴が取り下げられ、起訴猶予処分となりました。その後、懲戒解雇になった処分について有効と判断しました。 

かかる2つの判例に見られるように、本人が認めているか、否認しているかということは重要ですが、それだけで懲戒処分の適法性が決まるものではありません。最終的に国家機関としての公的な立場にある検察官がどのような判断を下したのか、起訴猶予なのかそれとも嫌疑不十分なのかが重要となります。