(4) 起訴された場合の取り扱い

起訴された場合には、保釈されない限り勾留は続きます。第1回公判は起訴後約1カ月もしくは1カ月半後ですので、年次有給休暇は完全に消化されてしまいます。そうなると欠勤扱いになりますが、欠勤が続いたことを理由に懲戒処分を下すのは、病気による欠勤との整合性から言っても早きに失することになります。懲戒処分というものは、起訴されただけでなく、問題となっている刑事事件が確定してから処分を行うのが大原則です。

それでは、確定していない段階ではいかなる処分が考えられるでしょうか。起訴休職という中間処分が考えられます。裁判確定まで取りあえず休職とする処分であって終局処分ではありません。例えば、厚生省の郵便不正事件における村木厚子さんは、起訴休職でずっと休職扱いとされていたところ、無罪が確定したことから職場に復帰しました。起訴休職は原則として無給です。

(5) 保釈された場合の取り扱い 

起訴休職というものは無給です。そこで、否認事件において保釈された当該従業員から、給料が出ないのは納得がいかない、働けるので働かせて欲しい旨の要望が出され、起訴休職自体の処分が争われるケースがあります。こうしたケースで起訴休職が有効か無効かを判断する際、考慮すべきポイントは3つあります。 

全日本空輸事件では、パイロットが男女関係にあった客室乗務員に対して傷害を負わせ、在宅起訴されたことで起訴休職となったことからその有効性が争われました。パイロットが起こした傷害事件は在宅事件であり、パイロットとして働くことはできたのですが、起訴休職になり、給料が支給されないためその無効を争ったものです。裁判所は、職務の性質、公訴事実の内容、身柄拘束の有無など、諸般の事情に照らして、①起訴された従業員が引き続き就労することにより、会社の対外的信用が失墜するような場合、または②職場秩序の維持に障害が生じるおそれがある場合、あるいは③当該従業員の労務の継続的な給付、円滑な遂行に障害が生じるおそれがある場合に、当該起訴休職が有効となるとしました。なお、これらは「かつ」ではなく「または」なので、いずれか1つにあてはまると、起訴休職は有効となります。 

①については、起訴されている者について、たとえ保釈され「無罪推定」の原則が妥当すると言っても、罪質が例えば、強姦罪、強盗罪、殺人罪といった事件の場合に無罪推定だからと言って保釈されて直ちに職場に復帰させるのは会社の対外的信用を失墜させることになりかねません。したがって、その場合には起訴休職のままにしておいてもよい、ということです。 

②については、職場秩序が非常に乱れてしまう場合、特に、起訴されている者が管理職にあるような場合、その者が保釈されたからといって、職場に来て部下を指揮して、部下がそれに素直に従えるのかという問題があります。このように、職場秩序の上で問題であると判断した場合には起訴休職のままでいいのです。 

③については、労務提供が全くできない場合です。保釈されていれば労務提供ができるため、これには該当しないことになりますが、保釈されていない者は労務提供ができないため、問題なく起訴休職が有効となります。 

以上の3つの要件を考えて、起訴休職が適切かどうかを判断することになります。全日本空輸事件では、②の職場秩序という点および飛行機の安全な運航という観点から起訴休職は有効であるとしました。パイロットという職業は精神の安定性を要するもので、このような問題が起きた場合には精神的なストレスが生じ、それが飛行機の運行に非常に危険な支障を来す可能性があり、起訴休職を有効としたものです。

(6) 第一審判決で有罪となった場合の取り扱い

第一審で有罪判決が下され、いよいよ懲戒処分を行うという場面になった時、まずなすべきことは、本人に控訴をする意思があるかどうかを確かめることです。第一審の判決は、判決宣告後2週間以内に控訴請求がなされなければ確定します。控訴した場合には、第一審で有罪判決が出ても確定しないことになるので、終局処分としての懲戒処分も先送りになってしまいます。やはり刑事手続きが確定してから、社内における懲戒処分を行うというのが大原則です。

5. 今後の課題

以上見てきたように、社内調査の最終場面で実施される懲戒処分は、被処分者、そしてその家族の生活や将来に重大な影響を与えるものなので、特に慎重に行うべきです。その上、他の従業員の士気の問題にも影響するので、いたずらに甘い処分では不祥事で揺らいだ会社の信用は回復せず、ガバナンスも発揮できません。そこで、今回見てきた諸原則、さらに段階的なプロセスに応じた適切な対応という点に特に注意して、厳正かつ公平・公正な懲戒処分を進めるべきです。 

ところで、将来の課題として、航空機事故、列車事故、原発事故等、大規模な事故で、後に刑事捜査で多くの逮捕者が見込まれるような事件があった場合のことが考えられます。このような場合には、捜査に先行する社内調査において、処分対象者、捜査対象者となることをおそれて、正直に事実関係を話さない調査対象者も出てきます。大規模事故にあっては、関係者の処罰も重要ですが、何よりも再発防止に力点が置かれることを考えると、関係者の供述を得るための工夫も必要です。

そのような工夫の1つの現れが社内調査における「司法取引」です。大規模事故調査で、ある従業員が事故原因となる決定的証拠を握っている場合には、その従業員が見聞きしたことを調査の過程で話すと、それが証拠となって刑事手続で重罰が科されてしまうのではないかという不安です。このような不安を取り除かなければ、社内調査の目的を達成できません。そこで、否認している従業員に対して、本来ならば、懲戒解雇であるところ、真相解明に全面的に協力してもらい、犯人立件に貢献した者に対しては、停職3カ月にするなどといった、いわば「司法取引」のような特殊の手法で対応しなければならない時代が来るでしょう。

弁護士法人中村国際刑事法律事務所
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(了)