2019/02/01
アウトドア防災ガイド あんどうりすの『防災・減災りす便り』
災害時に起こった悲劇
さて、このような災害時の乳幼児栄養の国際基準が作成された背景には以下の悲しい事件がありました。
ボツワナで2005~06年大水害が起こりました。2000年代ですから、それほど昔の話ではありません。この時、2004年と2005年の5歳未満児の下痢の数より、2006年の下痢の数の方が、報告地区数が半減しているにもかかわらず、件数は倍以上に増えたのです。
この時の調査でわかったことは、入院した子のリスク要因、また死亡要因のいずれにおいても、母乳を飲んでいなかったことが有意な統計差として分析されたのです。
ちなみにこちらの資料はセーブザチルドレン の災害時の乳幼児栄養のトレーニングキットからの引用です。国際NGOは、災害時、ボランティアに入る人たちに、きちんと災害時の乳幼児栄養の国際基準を学ぶ機会を設けています。
また、2006年のジャカルタ地震の際には、乳幼児ミルクが大量に配布され、5人に4人が寄付を受け取りました。ミルクが大量に配布されてよかったのかと思いきや、震災後の下痢症が4倍に増加し、ミルクの寄付を受け取った人の間で下痢症の有病率が2倍になったことがわかっています。
国際基準では、災害時ミルクの寄付を受け取らないことを規定しているのですが、それはこのような過去の事実の分析が原因になっています(ここについては次週に詳しく書きます)。
ところで粉ミルクは、災害時、衛生的な水の確保が必要ですし、70℃以上のお湯によって殺菌する必要があります。それなのにできなかったから、上記の問題をひきおこしたと推定すると、殺菌が不要で常温保存できる液体ミルクはこれらの問題を解決してくれそうにも見えます。
ではIFEのガイドラインには液体ミルクは、どのように記載されているのでしょうか?
液体ミルクの記載は、2010年に追補されました。
災害が起こって間もない時期、水で希釈する必要のない液体ミルクが便利
とあります。ここが液体ミルクの災害時のメリットですね。
ところで、ここまでの話で想像できると思いますが、液体ミルクの文脈は、母乳育児支援を当然の前提としています。
母乳育児支援として
すべての新生児が早期から母乳だけで育てられるように、保護・推進・支援
生後6カ月未満の乳児は母乳だけ、6カ月以上の場合は、2歳かそれ以降まで母乳育児が継続できるよう保護・推進・支援
と記載されています。その後に、母乳を飲んでいない乳児について、記載してあり、乳幼児用ミルクは個別にニーズをアセスメントし、「必要としている期間はずっと供給」とあります。
これはどういうことかというと、国際基準では、もし、乳児用ミルクをあげると決めたら、ずっとその子に対して、継続して日常と同じ量の支援が徹底されます。災害による影響がなくなるまでです。そこまで命に責任をもっているので、ずっと支援し続けるのです。いま液体ミルクが支援物資として到着したから、今だけ数本あげればいいというのではなく、ミルクをあげると決めたらずっとあげることを国際基準は大切にしています。
また、2010年の追補は液体ミルクについてさらに、「状況に応じて貯蔵に注意が必要」と書かれています。
災害時ですから、日常よりもさらに容器が破損しないか運搬に気をつかう必要がありますね。海外から輸入された液体ミルクの注意書きには、災害時でなくても親などが容器の傷や破損を確認し、試飲して、味に変化がないか確かめるようにと書かれています。
さらに、気をつけなければいけないのが、貯蔵の問題です。液体ミルクは常温保存できるが利点ですが、常温というのは、概ね15~25℃とされています。東京都が輸入した液体ミルクの説明書には、25℃以下で保管することが明記されていました。
2018年の夏は猛暑でした。西日本豪雨の際も避難所は25℃を超えました。夏に25℃以下の保管が推奨されるものを備蓄できる施設はどこでしょう?電源のバックアップがあるところであれば可能かもしれません。病院はどうでしょう?市役所は?行政よりも商品の保管に常に最新の注意を払っている企業の方が電源のバックアップシステムが整っているかもしれません。保育所は普段からクーラーもないところもありますし、日中クーラーを使えたとしても、夜、誰もいなければ、熱帯夜でもクーラーはつけません。貯蔵については、今後、詳細な検討が必要な問題に思えます。
アウトドア防災ガイド あんどうりすの『防災・減災りす便り』の他の記事
おすすめ記事
-
企業理念やビジョンと一致させ、意欲を高める人を成長させる教育「70:20:10の法則」
新入社員研修をはじめ、企業内で実施されている教育や研修は全社員向けや担当者向けなど多岐にわたる。企業内の人材育成の支援や階層別研修などを行う三菱UFJリサーチ&コンサルティングの有馬祥子氏が指摘するのは企業理念やビジョンと一致させる重要性だ。マネジメント能力の獲得や具体的なスキル習得、新たな社会ニーズ変化への適応がメインの社内教育で、その必要性はなかなかイメージできない。なぜ、教育や研修において企業理念やビジョンが重要なのか、有馬氏に聞いた。
2025/05/02
-
-
備蓄燃料のシェアリングサービスを本格化
飲料水や食料は備蓄が進み、災害時に比較的早く支援の手が入るようになりました。しかし電気はどうでしょうか。特に中堅・中小企業はコストや場所の制約から、非常用電源・燃料の備蓄が難しい状況にあります。防災・BCPトータル支援のレジリエンスラボは2025年度、非常用発電機の燃料を企業間で補い合う備蓄シェアリングサービスを本格化します。
2025/04/27
-
自社の危機管理の進捗管理表を公開
食品スーパーの西友では、危機管理の進捗を独自に制作したテンプレートで管理している。人事総務本部 リスク・コンプライアンス部リスクマネジメントダイレクターの村上邦彦氏らが中心となってつくったもので、現状の危機管理上の課題に対して、いつまでに誰が何をするのか、どこまで進んだのかが一目で確認できる。
2025/04/24
-
-
常識をくつがえす山火事世界各地で増える森林火災
2025年、日本各地で発生した大規模な山火事は、これまでの常識をくつがえした。山火事に詳しい日本大学の串田圭司教授は「かつてないほどの面積が燃え、被害が拡大した」と語る。なぜ、山火事は広がったのだろうか。
2025/04/23
-
リスク対策.com編集長が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2025/04/22
-
帰宅困難者へ寄り添い安心を提供する
BCPを「非常時だけの取り組み」ととらえると、対策もコストも必要最小限になりがち。しかし「企業価値向上の取り組み」ととらえると、可能性は大きく広がります。西武鉄道は2025年度、災害直後に帰宅困難者・滞留者に駅のスペースを開放。立ち寄りサービスや一時待機場所を提供する「駅まちレジリエンス」プロジェクトを本格化します。
2025/04/21
-
-
大阪・関西万博 多難なスタート会場外のリスクにも注視
4月13日、大阪・関西万博が開幕した。約14万1000人が訪れた初日は、通信障害により入場チケットであるQRコード表示に手間取り、入場のために長蛇の列が続いた。インドなど5カ国のパビリオンは工事の遅れで未完成のまま。雨にも見舞われる、多難なスタートとなった。東京オリンピックに続くこの大規模イベントは、開催期間が半年間にもおよぶ。大阪・関西万博のリスクについて、テロ対策や危機管理が専門の板橋功氏に聞いた。
2025/04/15
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方