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2015年10月、我々救急科専門医にとってビッグイベントがありました。それは全世界で5年ごとに改訂される蘇生ガイドラインのリニューアル発表でした。下記の会社のように、皆さんの会社でもぜひ社員に教えてあげて下さい。

編集部注:「リスク対策.com」本誌2016年3月25日号(Vol.54)掲載の連載を、Web記事として再掲したものです(2017年2月9日)。

「社長、おはようございます…」と運転手に促され後部座席に乗り込むと、中澤は朝礼での訓示のネタを考えていた。「今日はあれを話そうか…。」先月、異業種交流会で参加した一次救命処置講習のことを思い出していた。

朝礼。

「おはようございます。皆さんは急に目の前で人が倒れたらどうしますか…?先日、急に心臓が止まってしまった人を蘇生するための講習会に参加してきました。そこで、目の前にいる人を助けるために大事なことは、3つの押すだと教わりました。まず、1つ目は…」中澤が喋り始めた。

押す!(その一)

心停止している傷病者の胸を「押す」ことです。

これは胸骨圧迫と言われ、心停止の治療としては最も重要な処置です。胸の真ん中(胸骨といわれる胸の中心にある硬い骨の下半分)を力強く押します。胸の厚みが約5cm(※1)沈むように1分間に100~120回のテンポで圧迫します。圧迫と圧迫の間は胸を完全に元の位置まで戻すようにします(圧迫解除)。

しかし、圧迫解除に気をとられるあまり、胸骨圧迫そのものが浅くならないように強く押します。胸骨圧迫は止めてはいけません!かなり体力を使いますので、疲れる前に交代しますが、いかなる場合も胸骨圧迫の中断時間は最小限になるようにします。

押す!(その二)

AED(Automated External Defi brillator自動体外式除細動器)の電気ショックボタンを「押す」ことです。

会社のどこにAEDが置いてあるのか?日頃から確認しておきましょう。使い方はいかがですか? AEDが到着したら蓋を開けて電源を入れ(メーカーや機種によって若干異なる)、あとは全てAEDの言う通りにします(←ここがポイント!)。

電気ショックが全員に必要とは限りませんので、電気ショックが必要かどうか?次にどうするのか?全て現場でAEDが喋ってくれます。AEDのアナウンスをよく聞き、その指示に従いましょう。

電気ショックボタンを押すと、強い電流が流れますので「安全確認」が重要です。傷病者の身体に誰も触れていないことをしっかりと目で見て確認し、声をかけてから電気ショックボタンを押します。「電気ショックします!皆さん離れてくださ~い、ショック!」

押す!(その三)

あなたのやる気、勇気を「押す」ことです。

これが一番難しいところかもしれません。心臓が止まった人を自分が助けるという状況、一生に1回あるかどうかもわかりません。それは通勤中や職場かも知れません。また、倒れたのは自分の友人や同僚、愛する家族かも知れません。もし、赤の他人であったとしても、その人にも家族や愛する人がいらっしゃるでしょう。勇気を持って行動してください。

ここまで説明すると、中澤は、「どんな立派なBCPを作って事業が継続できたとしても、それを運営するのはやはり人ですから」と訓示を締めくくった。

倒れた(倒れている)人が居たら、周囲の安全を確認して傷病者に近づき、肩を叩いて声をかけます。何らかの応答や仕草がなければ、大きな声で応援を呼び「119番、AED!」と叫びます。判断や処置に不安があれば119番の通信指令員から電話をつないだまま口頭指導を受けることもできます。

ここで、正常な呼吸をしていなければ心停止ですが、呼吸をしているかどうかの判断は難しいです。また、心停止のサインの1つに「死戦期呼吸」というのがあります。これはあごをしゃくりあげるような不規則な動きであり、しばしば「呼吸している」と間違って判断されることがありますが、これは正常な呼吸の動きではありません。死戦期呼吸は心停止です(※2)。

迷ったりわからない場合はすぐに胸骨圧迫を開始しましょう。心停止していない人に蘇生を行うことよりも、心停止している人に心停止ではないと判断して何もしないことの方が遥かに有害です。迷ったら胸骨圧迫です。

百聞は一見に如かず…

是非、マネキンを使った一次救命処置の講習を受けてください。受講を希望される方は本誌編集部までご一報ください。

勇気を持ってあなたの背中を押し、傷病者の胸を力強く押し、AEDの電気ショックボタンを安全に押せるように…日頃から「3つの押す」を準備しておきましょう(※3)。

※1.ガイドライン2015では、胸骨圧迫の深さについて6cmを超えないとなっています。しかし、5cm以上で6cmを超えないように胸を押すことは恐らく困難でしょう。6cmを超えないことに注意するあまり圧迫の深さが浅くなり過ぎることの方が有害です。強く押しましょう。

※2.死戦期呼吸を文章で伝えるのには限界があります。インターネットで動画も見られます。ぜひ検索してみてください。私がいつも講習会で皆さんにお見せするのはオーストラリアのライフセーバーの動画です。Bondi Rescueで検索すると引っかかると思います。

※3.3つの「押す」は「3つのPUSH」として、筆者も所属している心肺蘇生を広める活動をしているNPO法人大阪ライフサポート協会の「プッシュプロジェクト」として全国的に広がりを見せています。
http://osakalifesupport.jp/push/index.html

(了)