2019/04/12
知られていない感染病の脅威
日本国内での狂犬病発生
■日本でワクチン接種が義務付けられている理由
先ほど紹介しましたが、病原体が日本国内に常在している感染病対策の柱は、ワクチン接種による感染する可能性のある人(動物)の抵抗性獲得になります。しかし、狂犬病ついては、他の感染病と取り扱いが明らかに異なっています。昭和32年以降、60年間以上の長きにわたって国内での狂犬病の発生は皆無です。この事実は、現在国内には病原体の狂犬病ウイルスは存在していないことを意味しています。従って、国内に存在しない狂犬病ウイルス対策として、国内飼育犬に対する狂犬病ワクチン接種による抵抗性賦与は必要なく、日本では、国外からの狂犬病ウイルスの侵入を防ぐ対策に限定しても問題ないはずです。それどころか、通常、国内に病原体が存在しないことが分かっている動物の感染病に対するワクチン接種は禁止されています。ところが、狂犬病の場合だけは特別な扱いとなっていて、現在でも、日本国内で飼育されている犬は、年に1回の狂犬病ワクチン接種が義務付けられているのです。
■敗戦直後は狂犬病が多発
米軍の空襲による日本中の都市の壊滅と、それに伴う混乱が続いていた太平洋戦争敗戦直後の国内各地では狂犬病が多発していました。ですから狂犬病撲滅が喫緊の課題となっていました。そこで昭和25年に「狂犬病予防法」が制定されました。この法律は、狂犬病ワクチン接種だけでなく、飼育犬すべての市町村への登録を義務化し、登録犬全てには鑑札の交付がなされます。この法律は、野良犬の存在を許さず、国内に存在するすべての犬を行政の管理下に置き、その上で国内すべての犬にワクチン接種による狂犬病ウイルス感染に対する抵抗力を賦与し、狂犬病撲滅を図る目的で制定されました。
■法施行から7年で狂犬病は消えた?
この法律は、日本獣医師会を中心に熱心に施行されています。その成果は顕著です。先ほど紹介したように、この法律の施行後わずか7年で狂犬病は国内から姿を消し、それ以降60年間以上発生していません。野良犬も激減しました。
しかし、現実には国内で飼育されている全ての犬が狂犬病ワクチン接種を受けているわけではありません。さらに、犬、猫その他多くの種類の狂犬病ウイルスに高い感受性を持つ動物の国外からの持ち込み、輸入は頻繁になされています。狂犬病ウイルスの国内侵入と蔓延の危険度は高いまま、現在に至っています。
■不法に捨てられる動物のほとんどが高い感受性
悲しい現実ですが、飼育されていた犬、猫、各種外来動物が、飼い主により不法に捨てられる事例は後を絶ちません。特に、捨てられた外来動物が各地で潜み、繁殖してさまざまな問題を引き起こしています。これら国外から持ち込まれ、捨てられた動物のほとんどは、狂犬病ウイルスに対する高い感受性を持ち続けていることが容易に想定されます。これらの危険度の高い外来動物による狂犬病ウイルスの感染および水面下での拡散は懸念され続けています。従って、飼育犬の狂犬病ワクチン非接種は、現在でも非常に危険です。
狂犬病の世界的動向

世界で狂犬病の被害はどのように起きているのでしょうか。図に人における狂犬病の世界的な発生状況を示しました。これは、少し古いデータですが、厚労省健康局結核感染症課により2016年にまとめられた1年間に発生した患者数です。この図から、発生は世界中で起きており、毎年6万人以上の多くの人が狂犬病に罹患していることが分かります。日本国内に居住する限り狂犬病に罹患する危険性は高くないのですが、国外では信じられないほど多数の人が狂犬病に罹患していることが分かります。ただし、図に示された患者数は届け出のあった数だけです。アジア、アフリカでは、実際にはこの数字以上のはるかに多くの人が被害に遭って死亡していると考えられています。ほとんどの患者が犬からのウイルス感染を受けています。
■人への感染事例が起きなかっただけ
発生地域は、アジアが非常に多く、特にインド、中国、パキスタン、バングラディシュ、インドネシアでは罹患者が1000人を越しています。日本の他、韓国、台湾、オーストラリア、ニュージーランドでは罹患者は出ていません。アフリカでの発生も顕著であることが明らかです。ヨーロッパでは、東欧で発生しています。北米では発生していませんが、南米では発生しています。ただし、狂犬病患者の発生していない国では狂犬病が発生していないということでは必ずしもありません。人への感染事例が起きなかったということだけです。
以上より、地球規模で考えた場合、狂犬病は、今なお人類の健康的な生活維持に大きな脅威を与えていることがお分かりいただけると思います。
次回は、狂犬病について詳細に紹介する予定です。
(了)
知られていない感染病の脅威の他の記事
おすすめ記事
-
-
入居ビルの耐震性から考える初動対策退避場所への移動を踏まえたマニュアル作成
押入れ産業は、「大地震時の初動マニュアル」を完成させた。リスクの把握からスタートし、現実的かつ実践的な災害対策を模索。ビルの耐震性を踏まえて2つの避難パターンを盛り込んだ。防災備蓄品を整備し、各種訓練を実施。社内説明会を繰り返し開催し、防災意識の向上に取り組むなど着実な進展をみせている。
2025/06/13
-
「保険」の枠を超え災害対応の高度化をけん引
東京海上グループが掲げる「防災・減災ソリューション」を担う事業会社。災害対応のあらゆるフェーズと原因に一気通貫の付加価値を提供するとし、サプライチェーンリスクの可視化など、すでに複数のサービス提供を開始しています。事業スタートの背景、アプローチの特徴や強み、目指すゴールイメージを聞きました。
2025/06/11
-
-
リスク対策.com編集長が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2025/06/10
-
その瞬間、あなたは動けますか? 全社を挙げた防災プロジェクトが始動
遠州鉄道株式会社総務部防災担当課長の吉澤弘典は、全社的なAI活用の模索が進む中で、社員の防災意識をより実践的かつ自分ごととして考えさせるための手段として訓練用のAIプロンプトを考案した。その効果は如何に!
2025/06/10
-
-
緊迫のカシミール軍事衝突の背景と核リスク
4月22日にインド北部のカシミール地方で起こったテロ事件を受け、インドは5月7日にパキスタン領内にあるテロリストの施設を攻撃したと発表した。パキスタン軍は報復として、インド軍の複数の軍事施設などを攻撃。双方の軍事行動は拡大した。なぜ、インドとパキスタンは軍事衝突を起こしたのか。核兵器を保有する両国の衝突で懸念されたのは核リスクの高まりだ。両国に詳しい防衛省防衛研究所の主任研究官である栗田真広氏に聞いた。
2025/06/09
-
危険国で事業展開を可能にするリスク管理
世界各国で石油、化学、発電などのプラント建設を手がける東洋エンジニアリング(千葉市美浜区、細井栄治取締役社長)。グローバルに事業を展開する同社では、従業員の安全を最優先に考え、厳格な安全管理体制を整えている。2021年、過去に従業員を失った経験から設置した海外安全対策室を発展的に解消し、危機管理室を設立。ハード、ソフト対策の両面から従業員を守るため、日夜、注力している。
2025/06/06
-
福祉施設の使命を果たすためのBCPを地域ぐるみで展開災害に強い人づくりが社会を変える
栃木県の社会福祉法人パステルは、利用者約430人の安全確保と福祉避難所としての使命、そして災害後も途切れない雇用責任を果たすため、現在BCP改革を本格的に推進している。グループホームや障害者支援施設、障害児通所支援事業所、さらには桑畑・レストラン・工房・農園などといった多機能型事業所を抱え、地域ぐるみで「働く・暮らす・つながる」を支えてきた同法人にとって、BCPは“災害に強い人づくり”を軸にした次の挑戦となっている。
2025/06/06
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方