2016/04/28
スーパー豪雨にどう備える?
真の課題を解き明かす

避難指示のあり方など、市長をはじめとする常総市への批判が集中しているが、その時、その判断のあり方だけを取り上げて論じると本質を見誤ってしまう。これまでに経験したことがないこと、考えてもいないことが突然起きれば、誰もがパニックに陥り、正しい判断を下すことはできない。だからこそ、事前の「計画=プラン」と、その想定を上回る事態へ対応するための「計画の策定能力=プランニング」の双方が求められる。それを実現するには、一組織だけではなく災害対応にあたる組織間の連携が不可欠になる。そのために、あらかじめどのタイミングでそれぞれの主体が何をするかを決めておくのがタイムライン防災である。そんな視点から、今回の鬼怒川決壊への対応を検証する。
※溢水・越水:川などの水があふれ出ること。堤防がないところでは「溢水」、堤防のあるところでは「越水」 |
判断を迷わせた溢水と危険情報
常総市の災害対策本部は庁舎3階にある。実働部隊である安全安心課は2階に位置する。災害対策本部には課長が常駐し、そこで得た情報を2階の課に伝え対応にあたっていた。
連携が難しかったことは想像に難くない。安全安心課のある職員は「県のような大きな対策本部室なら、もう少し全体の状況が分かりやすかったかもしれない」と語る。
そもそも常総市役所の庁舎は2014年11月末に竣工した全国でも最新鋭の施設だ。東日本大震災で震度6弱の揺れを観測した常総市では旧庁舎が大きな被害を受け、「市民が集う、親しみがある庁舎」を理念に建設された。3階建ての低層構造で地震への耐震性は高いが、洪水の被害については十分に想定されていなかった。市の洪水ハザードマップでは、市役所は1~2mの浸水予測地域に建てられている。最初から洪水のリスクが軽視されていたことはこの時点で明らかだ。
当日の対応に話を戻すと、対策本部が設置されたのは10日の午前0時10分。2時20分に「溢水」現場の若宮戸から近い、玉地区、本石下、新石下の一部に避難指示を発令している。この溢水現場については、すでに数々のメディアで報じられている通り、民間業者が大規模太陽光発電所(メガソーラー)を建設した場所である。1年半以上も前から、「無堤地帯」ということに加え、民間業者が自然堤防の役割を果たしていた川岸の砂丘を掘削したことについては議会でも問題視されていた。そのこともあり、鬼怒川の水が溢れるとすれば、それは「決壊」ではなく、この若宮戸地区からという思い込みが関係者にはあったのだろう。
現地を歩けば分かるが、この現場と決壊の現場は4kmも離れている。
結局、若宮戸地区は午前6時30分に溢水した。ここから事態は急変していく。
溢水が起きて約2時間後には、今度は溢水現場から15kmも下流である小谷沼という地区で「越水」の危険性があるとの連絡が対策本部に入り、地元消防団(3分団と9分団)が土のう積みにあたった。この辺は堤防が1m以上も低くなっている場所で、8時45分には小谷沼周辺の坂手地区、内守谷地区、菅生地区に避難勧告が発令されている。この時の避難勧告の情報はなぜか市のホームページでも公表されていない。溢水現場の若宮戸からは、はるか下流で、しかも若宮戸とは反対の鬼怒川の西側である。この時点で災害対策本部も安全安心課も完全にパニックに陥ったのではないか。市安全安心課の職員は「あちこちから一斉に河川の危険性に関する電話がかかってきて、対応に追われました」と振り返っている。
スーパー豪雨にどう備える?の他の記事
おすすめ記事
-
-
入居ビルの耐震性から考える初動対策退避場所への移動を踏まえたマニュアル作成
押入れ産業は、「大地震時の初動マニュアル」を完成させた。リスクの把握からスタートし、現実的かつ実践的な災害対策を模索。ビルの耐震性を踏まえて2つの避難パターンを盛り込んだ。防災備蓄品を整備し、各種訓練を実施。社内説明会を繰り返し開催し、防災意識の向上に取り組むなど着実な進展をみせている。
2025/06/13
-
「保険」の枠を超え災害対応の高度化をけん引
東京海上グループが掲げる「防災・減災ソリューション」を担う事業会社。災害対応のあらゆるフェーズと原因に一気通貫の付加価値を提供するとし、サプライチェーンリスクの可視化など、すでに複数のサービス提供を開始しています。事業スタートの背景、アプローチの特徴や強み、目指すゴールイメージを聞きました。
2025/06/11
-
-
リスク対策.com編集長が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2025/06/10
-
その瞬間、あなたは動けますか? 全社を挙げた防災プロジェクトが始動
遠州鉄道株式会社総務部防災担当課長の吉澤弘典は、全社的なAI活用の模索が進む中で、社員の防災意識をより実践的かつ自分ごととして考えさせるための手段として訓練用のAIプロンプトを考案した。その効果は如何に!
2025/06/10
-
-
緊迫のカシミール軍事衝突の背景と核リスク
4月22日にインド北部のカシミール地方で起こったテロ事件を受け、インドは5月7日にパキスタン領内にあるテロリストの施設を攻撃したと発表した。パキスタン軍は報復として、インド軍の複数の軍事施設などを攻撃。双方の軍事行動は拡大した。なぜ、インドとパキスタンは軍事衝突を起こしたのか。核兵器を保有する両国の衝突で懸念されたのは核リスクの高まりだ。両国に詳しい防衛省防衛研究所の主任研究官である栗田真広氏に聞いた。
2025/06/09
-
危険国で事業展開を可能にするリスク管理
世界各国で石油、化学、発電などのプラント建設を手がける東洋エンジニアリング(千葉市美浜区、細井栄治取締役社長)。グローバルに事業を展開する同社では、従業員の安全を最優先に考え、厳格な安全管理体制を整えている。2021年、過去に従業員を失った経験から設置した海外安全対策室を発展的に解消し、危機管理室を設立。ハード、ソフト対策の両面から従業員を守るため、日夜、注力している。
2025/06/06
-
福祉施設の使命を果たすためのBCPを地域ぐるみで展開災害に強い人づくりが社会を変える
栃木県の社会福祉法人パステルは、利用者約430人の安全確保と福祉避難所としての使命、そして災害後も途切れない雇用責任を果たすため、現在BCP改革を本格的に推進している。グループホームや障害者支援施設、障害児通所支援事業所、さらには桑畑・レストラン・工房・農園などといった多機能型事業所を抱え、地域ぐるみで「働く・暮らす・つながる」を支えてきた同法人にとって、BCPは“災害に強い人づくり”を軸にした次の挑戦となっている。
2025/06/06
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方