2012/01/25
誌面情報 vol29
メディアアナリスト・井坂公明
東日本大震災における被災者の情報ニーズとメディア利用行動
東日本大震災で大きな被害を受けた岩手、宮城、福島3県の被災地では、被災者の立場からみてどのような段階で、どのような情報が求められ、どのような伝達手段(メディア)が役立ったのか─。日本民間放送連盟・研究所が昨年実施した「東日本大震災時のメディアの役割に関する総合調査」を手掛かりに、被災者の情報ニーズとメディア利用の実態を分析した。
それによると、震災発生時・直後には緊急地震速報や大津波警報などの防災情報が必要とされ、緊急地震速報の周知には防災無線と携帯・パソコン(PC)が、大津波警報の周知には防災無線とラジオが大きな役割を果たした。大津波警報については、防災無線が機能した地域と、そうでない地域に明確な差が見られた。また、全体的に携帯やインターネットなどの通信系メディアは、地震や津波による停電や断線、中継基地局の被災が原因で、1週間後ごろまでは貢献度が低い傾向にあったことも判明した。
民放連の調査は「被災地受け手調査」と「被災地送り手(メディア事業者)調査」で構成、2011年7月から10月にかけて実施された。本稿では、受け手調査の内容を紹介する。
※受け手調査は岩手県陸前高田市、宮城県仙台市、名取市、気仙沼市の仮設住宅に居住する成人男女500人(各125人)を対象とした訪問聞き取り法による「仮設住宅居住者調査」(以下「仮設調査」)と、岩手、宮城、福島3県の津波による被害があった沿岸部39市区町村に住む15歳以上70歳未満の男女2268人にインターネットで聞いた「ネットユーザー調査」(以下「ネット調査」)から成る。仮設調査対象者のほぼ全員、ネット調査対象者の4割近くの自宅が津波・地震で全壊ないし半壊した。仮設調査は20代が全体の7.4%、70代が25.2%と年齢構成に偏りがあること、またネット調査も岩手県のサンプル数が170と極端に少ないという欠点があることを付記しておきたい。
1、震災発生時・直後
◇発生時の所在地は自宅と職場・学校が8割
まず、11年3月11日14時46分ごろの地震発生時の所在地は、被災の程度が比較的重かった人が対象となっている仮設調査では、「自宅」が55.0%と最も多く、次いで「職場・学校」24.4%、「職場・学校以外の屋内」8.2%、「移動中」5.6%、「屋外」5.2%の順。被災程度が比較的軽かった人が対象のネット調査では「職場・学校」39.6%、「自宅」38.5%、「職場学校以外の屋内」7.3%、「移動中」6.6%、「屋外」3.2%だった。どちらも「自宅」と「職場・学校」を合わせると約8割に上った点が共通している。
緊急地震速報の認知率(「聞いた」との回答)は、仮設調査で40.6%、ネット調査で38.0%とほぼ同水準。地震速報を聞いたメディア・情報源は、仮設調査では「防災無線」と「携帯電話・PC」がそれぞれ35.5%でトップ。以下「ラジオ(カーラジオを含む)17.7%、「テレビ(ワンセグ、車載テレビを含む)」16.7%など。一方、ネット調査では「携帯・PC」が74.6%で断然1位。次いで「テレビ」19.0%、「ラジオ」9.9%、「防災無線」6.3%などの順だった。
◇大津波警報の認知率は防災無線が左右
大津波警報の認知率は、仮設調査では57.0%、ネット調査では39.8%にとどまった。今後認知率をどう引き上げていくかが大きな課題の1つとなろう。大津波警報を聞いたメディア・情報源は、仮設調査では「防災無線」が49.5%と約半数を占めた。次いで「ラジオ」21.4%、「(家族や隣人などからの)口コミ」15.1%、「自治体などによる広報車、口頭での呼び掛け」13.7%の順。ネット調査では「ラジオ」40.0%、テレビ」38.9%、防災無線」27.8%、自「「「治体などによる広報車、口頭での呼び掛け」12.5%の順だった。
大津波警報の認知率を地域別にみると、仮設調査では陸前高田市と気仙沼市が約7割に上ったのに対し、名取市は約5割、仙台市は約4割にとどまった。ネット調査でも岩手県が7割を超えたのに対し、宮城、福島両県は4割前後と地域によって違いが大きかった。仮設調査では、陸前高田、気仙沼両市では「防災無線」で聞いた人が7割から8割に上ったが、仙台市では約15%、名取市では約3%と極端に少なく、ネット調査でも岩手県は「防災無線」で聞いた人が7割を超えたが、宮城県は約25%、福島県は約8%にとどまった。(表1)
両調査とも、認知率が高い地域は防災無線で聞いたとの回答が多い。民放連・研究所の木村幹夫主任研究員は、名取市や仙台市では地震により送信装置が故障したり、アンテナや拡声器などが壊れたため、防災無線が機能しなかったとみている。防災無線が機能したかどうかが認知率を大きく左右したと言えよう。
◇仮設居住者でも4割がすぐに避難せず
大津波警報を聞いた後の行動をみると、自宅を津波で流された人が大部分を占める仮設調査では「すぐに避難を開始した」「すぐに避難しつつ、家族等と連絡をとろうとした」人が計約6割を占めた。これに対し、「避難の準備をしつつ、とりあえず様子をみた」「避難の必要はないと思ったので、何もしなかった」などすぐに避難しなかった人も計約4割に上った。ネット調査では、「すぐに避難を開始した」「すぐに避難しつつ、家族等と連絡をとろうとした」人は計約3割にとどまり、すぐに避難しなかった人は計約7割もいた。すぐに避難しなかったことが津波の被害を大きくしたという点は既に指摘されている通りだ。
ネット調査のみで、地震発生後、津波が来るまでの間に津波に関する情報を得ることができたメディアを聞いたところ、「ラジオ」が47.6%で最も多く、次いで「テレビ」40.4%、「口コミ」11.4%、「防災無線」8.6%、「自治体、警察、消防等」6.6%の順。また、「情報を得ようとしたが得られなかった」人も12.8%いた。福島県だけは「ラジオ」より「テレビ」が多かったが、これは地震直後に停電していた世帯の割合が3県の中で最も低かったことが影響しているためと推測される。
◇避難に役立ったのは口コミとラジオ
地震・津波から避難するのに実際に役立ったメディア・情報源は、仮設調査では「口コミ」が43.6%で最も多く、以下「ラジオ」29.2%、「自分の経験と知恵」24.8%、「防災無線」21.6%、「自治体、警察、消防等」21.4%など。ネット調査では、「ラジオ」が69.3%とトップで、「口コミ」53.3%、「テレビ」46.9%、「自分の経験と知恵」24.5%、「自治体、警察、消防等」23.6%、「メール」22.3%などの順だった。(表2)
被災者が求めていた情報について聞いたところ、震災発生から避難所にたどり着くまでの間では、仮設調査では「安否情報」65.0%、津波情報」「48.6%、「震度・震源情報」41.8%の順。ネット調査では「安否情報」90.4%、「震度・震源情報」83.5%、「津波情報」69.7%の順だった。
2、震災当日、翌日・翌々日、3日後∼1週間後
◇安否情報へのニーズが常に最上位−仮設居住者
被災者が求めていた情報で、当日避難場所に着いてから得たかった情報は、仮設調査では「安否情報」76.2%、「被災情報」61.2%、「余震の震度・震源情報」53.4%の順。ネット調査でも「安否情報」93.4%、「余震の震度・震源情報」89.6%、「被災情報」86.8%と、「安否情報」がトップだった。
◇安否情報から生活情報へ−ネット対象者
翌日・翌々日では、仮設調査は「安否情報」76.2%、「被災情報」63.2%、「生活物資・医療情報」62.0%。ネット調査では「電気・ガス・水道・燃料情報」92.0%、「生活物質・医療情報」90.2%、「被災情報」89.9%と順位に変化がみられた。
3日後から1週間後までは、仮設調査は「安否・情報」70.2%、「生活物資・医療情報」68.8%、「電気・ガス・水道・燃料情報」62.2%。ネット調査では「電気・ガス・水道・燃料情報」95.1%、「生活物資・医療情報」92.8%、「被災情報」88.0%。家を失った人が対象者の大部分を占める仮設調査では、常に「安否情報」が最も必要とされていた。これに対し、翌日には多くが帰宅し、または当初から自宅にいた人が多いネット調査では、翌日以降は自らの生活に関わる情報を最も必要とするようになったことがわかる。
マスメディアが全国規模で最も力を入れたのは「被災情報」だったが、被災者が一番求めていたのは「安否情報」や「生活情報」であり、情報ニーズとややずれが生じていた点は注目に値する。
◇最も評価されたメディアはラジオ
総合的にみて最も役に立ったメディアを「当日」「翌日・翌々日」「3日後∼1週間後」に分けて聞いたところ、仮設調査では全期間を通じて「ラジオ」と「口コミ」が断然多く、4割から6割弱の人に評価された。「テレビ」は4位以下で、「新聞」も「3日後∼1週間後」で3位に入ったのが最高だった。「口コミ」の評価が高かったのは、避難所での密接なコミュニケーション環境が反映しているものとみられる。
ネット調査でも、全期間で「ラジオ」が6割以上の評価を得てトップ。次いで「テレビ」が4割から6割の人に評価され、「口コミ」「新聞」「メール」と続く順は全期間を通じて変わらなかった。(表3)
携帯やインターネットなどの通信系メディアは、地震や津波による停電や断線、中継基地局の被災が原因で、1週間後ごろまでは評価が低い傾向にあった。 メディアへの評価を情報の分野別にみると、まず被災情報では、仮設調査、ネット調査とも全期間を通じてラジオがトップ。2位は仮設調査では「口コミ」、ネット調査では「テレビ」だった。「新聞」は両調査とも「3日後∼1週間後」で3位に入った。
安否情報では、仮説調査は全期間で「口コミ」が1位で、「ラジオ」が2位。ネット調査では全期間で「ラジオ」がトップ。2位と3位には「メール」と「テレビ」ないし「携帯」が入った。
避難所・生活・医療情報については、仮設調査では全期間で「口コミ」が最も高く評価され、ラジオ」「が続いた。ネット調査では「ラジオ」が全期間で1位、次いで「口コミ」と「テレビ」が多かった。
◇当日は避難所で利用できたメディア「なし」が過半数
これに関連して、避難所で利用できたメディアを仮設調査のみで質問したところ、「当日」は「なし」が51.6%と半数を超え、次いで「ラジオ」40.4%、テ「レビ」9.4%の順。「翌々日ごろ」の時点では、「ラジオ」61.8%、なし」「21.8%、テレビ」「19.8%、新聞」「16.2%など。「1週間後ごろ」には「ラジオ」67.2%、「新聞」44.4%、テレビ」「37.4%、掲示板」「24.8%、携「帯」20.2%と順位が変化した。「PC」については「1週間後ごろ」になっても1.0%とほとんど利用できなかったことが分かった。 地域別にみると、大都市である仙台市や近郊の名取市では、早い段階でテレビ、携帯の利用可能率が上昇している。
3、メディアの接触時間、信頼度の変化
◇マスメディアの接触時間、信頼度が上昇
震災前後でメディア別の接触時間や信頼度に変化があったかについて、仮設調査では「テレビ」の接触時間が増えたと答えた人が50.2%と半数を超えた。次いで「新聞」は32.6%、「ラジオ」は28.2%の人が増えたと回答。一方、ネット調査では「ラジオ」と「地震・ニュース関連ウェブサイト」の接触時間が増えた人がそれぞれ54.9%、51.6%と半数を超えた。次いで「ツイッター」37.7%、「テレビ」36.7%、「新聞」36.5%などの順だった。
信頼度に関しては、仮設調査では4割近くの人が「ラジオ」の信頼度が上がったと回答。次いで「テレビ」33.2%、新聞」「27.4%の順。ネット調査では「ラジオ」の信頼度が上がったと答えた人が6割近くに上り、続いて「新聞」34.5%、「テレビ」33.9%の順だった。
また、震災発生から1週間後までの間で、どのメディアからの情報が信頼できたかをネット調査のみで聞いたところ、「ラジオ」と答えた人が64.2%と最も多く、次いで「テレビ」48.9%、「新聞」43.4%、「口コミ」40.3%、「携帯・固定電話」36.1%、「メール」31.5%だった。信頼できなかったメディアとしては「メール」10.9%、「ツイッター」10.7%、「ソーシャルネット」「動画・ストリームサイト」それぞれ10.6%などが多かった。
最後に心の平静や安心感を得る上で役立ったメディアとしては、仮設調査では「口コミ(周りの人との会話)」を挙げた人が75.6%と断然トップ。次いで「ラジオ」33.4%、「自治体等からの情報提供」27.4%、「ボランティア等からの情報提供」20.2%の順。ネット調査では「ラジオ」58.6%で最も多く、が以下「テレビ」50.1%、「口コミ」49.1%、「メール」39.1%、「携帯・固定電話」38.5%などが続いた。
4、結び
実際に家が流された仮設住宅居住者でも6割しか聞いていない大津波警報の認知率上昇には、防災無線の送信装置やアンテナ、屋外拡声器の耐震対策、屋外スピーカーの電源対策などが急務となろう。携帯、インターネットが災害時にも機能するように中継基地局の増強と耐震化を図ることも課題となる。
また、仮設住宅居住者の4割が大津波警報を聞いてもすぐに避難しなかったことに関して、防災無線やテレビ・ラジオ放送の避難の呼び掛け方に問題はなかったのか、検証が必要だろう。避難を促すために、例えば災害心理学などに基づいたもっと効果的な呼び掛けはできなかったのだろうか。かつてない規模の津波に遭い避難の見通しを誤ったことに加え、災害時の異常な状態を認識できず、正常の範囲内と認識したがる「正常性バイアス」の存在も大きかったとみられる。メディアによる啓発活動や日ごろの防災教育・訓練を通じて、地道に危機意識の浸透を図る必要がある。
一方、一般家庭や事務所においては、最低限ラジオを備えることや、避難警報を聞いた後の行動などについて、日常的に危機意識を持って備え、考えておくことが望まれる。
(メディアアナリスト・井坂公明)
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