2016/06/17
誌面情報 vol55
止める判断が求められる
システムを能動的に止める
一方で、サイバー攻撃の目的や手法は、高度化、複雑化している。まず防がなくてはいけないのが検知のタイミングが遅れること。また例え検知ができても、原因究明をしてる間にどんどん被害が広がるので、障害対応として、システムを継続させるだけでなく、能動的に止めるということが、しっかりできるかが、今問われている。
例えば、これ以上システムを動かしておくと、被害が拡大するので、システムの停止により被害を受けるお客様には迅速に通知をし、同時に損害賠償金の支払い準備を始める、というような、能動的に止めることによりインパクトを最小化させる判断をしていかなくてはいけない。判断が遅れたら、ずるずると攻撃をされ続け、対応は後手後手に回ってしまう。
情報セキュリティだから機密性を死守しなくてはいけないという考え方だけではなく、場合によっては機密性を下げてでも可用性を上げなければならない時もあるし、ある時は、完全性を担保するために可用性を下げなくてはいけない場合もある。現場がそれを判断できるような権限委譲と、それらのジレンマを感じながら意思決定する訓練、演習もしていかなくてはいけない。
現場と経営の間を取り持つCSIRTの役割も不可欠だ。今起きているシステムトラブルは経営上どういう影響をもたらすのか、売上がどれだけ下がるのか、お客様にどれだけ迷惑がかかるのか、それとも社会全体に迷惑がかかるのか、それはどの程度の規模なのか、どの時点で経営者が謝らなければいけないのか、CSIRTは、こうした問題をわかりやすく翻訳し、経営陣に説明し意思決定を求めなくてはいけない。
こうした対応はトラブルが起きたその時にいきなりやれと言っても無理で、あらかじめ、経営上どの業務が最も重要なのか、その業務が止まることで経営にどのような影響を与えるのか、その業務を支えているリソースはどのようなものがあるのか、いわゆるビジネスインパクト分析(BIA)をしておくことが求められる。BIAがなくては、経営陣としても、次のアクションが決められない。
もう1つは、コネクト・ザ・ドッツ(connectthedots)、という考え方が重要になってくる。ポツポツと散発的に起きている事象や問題点を、上部に報告するエスカレーションの仕組みを持ち、それらをつなぎとめることで、今、起きていることや、これから起こることの全体の状況を推測するような体制を構築しておくということ。攻撃者はタイミングをずらしたりして少しずつシステムに侵入、あるいは複数ポイントから同時多発的に攻撃してくるので、部分的な事象をつなぎ合わせて攻撃の傾向や目的を早期に見極めることができれば、この攻撃手法だったら、次はここに来るだろうということを予測し専門のサービス会社と連携したり、あるいは行政部門とも連携することで、先手を打ったり、攻撃元が突き止められることも可能かもしれない。また、攻撃は1回だけではなく、複数回繰り返されることを前提に構えていく体制も重要になる。
演習・訓練が最も重要
自然災害にしてもサイバーセキュリティにしても、BCM活動についてはPDCAサイクルが重要になる。その中でも一番重要なのが演習・訓練だ。
繰り返しになるが、これまで経験したことないようなサイバー攻撃を受けた場合は、被害を最小限にとどめるためには、重要な基幹システムであっても、あえて能動的に止めなくてはいけない、けれども経営者としては止めたくない、社会的責務があるので止められない、という挙棋不定の状況に陥ることが予想される。そのような場面において、意思決定をしていくようなリアルな演習をしていかなくてはいけない
演習・訓練の手法は、ISOで定義されている。訓練は「ドリル」という意味で、決められたことが手順どおり、時間通りにしっかりできるように繰り返し練習することをいう。決められた行動を台本通りにミスがないように実施する。一方、演習というのは応用であり、断片的な情報やガセネタも含めて、シナリオとして与えて、極限状態において、どう意思決定をしていくかをトレーニングする。必ずしも正解はないが、本番で対応できる力を身に付けるものである。
決して演習参加者を困らせることが目的ではなく、どういう部分について脆弱性を感じ、克服したいと思ったのか、前もってどのような対策をしておけばよかったのかなど、演習の場合には、できなかったことや課題をより多く見つけるほうが効果的だ。
すでに多くの組織で自然災害については防災訓練をやっているだろうし、サイバー攻撃についても情報システム部主催の訓練などをやられているかもしれない。が、レスポンス(対応)という観点からいくと、もう少し、幅広く、例えば災害時はサイバー攻撃にとっても、絶好のチャンスともなるので、災害とサイバー攻撃が複合的に起こるような状況を想定したシナリオがあってもいい。
こうした演習を行う場合には、システム部門とビジネス部門が別々にやるのではなく、「事業継続」というくくりで、有機的に互いが関わり、一緒にシナリオを作り、合同で訓練をして、どのタイミングでどの情報をどう共有・協議していくかなどを検証していくことが大切だろう。
[2016年4月8日に開催したIT-BCPセミナー講演より]
誌面情報 vol55の他の記事
- セキュリティとレジリエンシーの融合
- サイバー攻撃の正体
- 止める判断が求められる 企業のBCPにおける自然災害とサイバーリスク
- 年金機構の情報漏えい事案から学ぶ サイバー攻撃最悪のシナリオ
- IT-BCPの発展と課題
おすすめ記事
-
-
入居ビルの耐震性から考える初動対策退避場所への移動を踏まえたマニュアル作成
押入れ産業は、「大地震時の初動マニュアル」を完成させた。リスクの把握からスタートし、現実的かつ実践的な災害対策を模索。ビルの耐震性を踏まえて2つの避難パターンを盛り込んだ。防災備蓄品を整備し、各種訓練を実施。社内説明会を繰り返し開催し、防災意識の向上に取り組むなど着実な進展をみせている。
2025/06/13
-
「保険」の枠を超え災害対応の高度化をけん引
東京海上グループが掲げる「防災・減災ソリューション」を担う事業会社。災害対応のあらゆるフェーズと原因に一気通貫の付加価値を提供するとし、サプライチェーンリスクの可視化など、すでに複数のサービス提供を開始しています。事業スタートの背景、アプローチの特徴や強み、目指すゴールイメージを聞きました。
2025/06/11
-
-
リスク対策.com編集長が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2025/06/10
-
その瞬間、あなたは動けますか? 全社を挙げた防災プロジェクトが始動
遠州鉄道株式会社総務部防災担当課長の吉澤弘典は、全社的なAI活用の模索が進む中で、社員の防災意識をより実践的かつ自分ごととして考えさせるための手段として訓練用のAIプロンプトを考案した。その効果は如何に!
2025/06/10
-
-
緊迫のカシミール軍事衝突の背景と核リスク
4月22日にインド北部のカシミール地方で起こったテロ事件を受け、インドは5月7日にパキスタン領内にあるテロリストの施設を攻撃したと発表した。パキスタン軍は報復として、インド軍の複数の軍事施設などを攻撃。双方の軍事行動は拡大した。なぜ、インドとパキスタンは軍事衝突を起こしたのか。核兵器を保有する両国の衝突で懸念されたのは核リスクの高まりだ。両国に詳しい防衛省防衛研究所の主任研究官である栗田真広氏に聞いた。
2025/06/09
-
危険国で事業展開を可能にするリスク管理
世界各国で石油、化学、発電などのプラント建設を手がける東洋エンジニアリング(千葉市美浜区、細井栄治取締役社長)。グローバルに事業を展開する同社では、従業員の安全を最優先に考え、厳格な安全管理体制を整えている。2021年、過去に従業員を失った経験から設置した海外安全対策室を発展的に解消し、危機管理室を設立。ハード、ソフト対策の両面から従業員を守るため、日夜、注力している。
2025/06/06
-
福祉施設の使命を果たすためのBCPを地域ぐるみで展開災害に強い人づくりが社会を変える
栃木県の社会福祉法人パステルは、利用者約430人の安全確保と福祉避難所としての使命、そして災害後も途切れない雇用責任を果たすため、現在BCP改革を本格的に推進している。グループホームや障害者支援施設、障害児通所支援事業所、さらには桑畑・レストラン・工房・農園などといった多機能型事業所を抱え、地域ぐるみで「働く・暮らす・つながる」を支えてきた同法人にとって、BCPは“災害に強い人づくり”を軸にした次の挑戦となっている。
2025/06/06
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方