2012/07/25
誌面情報 vol32
50 機関以上の合同訓練も
オリンピック全体の危機管理を取り仕切るのは政府と自治体だ。テロや暴動、集団犯罪、さらには開催期間 中における自然災害など、あらゆる事態を想定した準備を進めている。政府・自治体の危機管理をコンサル ティング支援している PWC に、オリンピック対策の体制などについて聞いた。
■政府の対応
オリンピックの危機管理に関わる主な政府の組織 としては、 内閣府(Cabinet office) 文化 メディア 、スポーツ省(Department for Culture, Media and Sport) 、内務省(Home Office) 、が挙げられる。
内閣府の役割は規則などを定めるとともに、各省庁、自治体、関係機関などに対して危機管理体制の 強化を求める通達などを出している。
内閣では、毎年、国全体として備えるべき脅威を リスクマップ上に示したNational Risk Register を作成・公表しているが、これは今後5年間に想定されるような危機を対象にしたもので、オリンピック のような短期的なイベントに関するリスクは含まれ ていない。
しかし、内閣府に出向しオリンピック対策プログラム策定に参加していた PWC の James Crask 氏によると、3年ほど前から、内務省や関係機関とオリンピック期間に的を絞ったリスク分析を行っており、対策の方針などを協議してきたという。詳細な 結果は、国の脆弱な部分を露呈することにもつながることから極秘とされているようだが、テロや、暴動、集団犯罪などについて、事案ごと詳細な被害規 模の想定を算出し、それぞれの対策にどのようなリ ソースをどれくらい割り当てればいいかなどの計画をつくり、関連する機関へ対応を要請しているとい う。Crask 氏は例として「テロリストが使う爆弾の 種類とそれぞれの被害の大きさの可能性までを検討 した」と説明する。
オリンピックで最も中心的な役割を担うのが、文化・メディア・スポーツ省だ。同省下には、オリン ピックの総合調整窓口となるGOE (Government Olympic Executive:政府オリンピック実行委員会 ) が 設 置 さ れ、GOE は、ODA(The Olympic Delivery Authority: オ リ ン ピ ッ ク 運 営 局 ) や、 LOCOG(London Organising Committee of the Olympic and Paralympic Games:ロンドンオリン ピック・パラリンピック組織委員会)を管轄する。
ODA は主に会場や関連施設の建設について、 LOCOG はサービス提供について、それぞれ役割を 分担して業務を遂行している。民間企業へオリンピック期間中における事業継続の対策を呼びかけて いるのも LOCOG だ。
そして内務省では、主にテロ対策や暴動、自然災 害に備えた具体的な対策を進めている。
一方、万が一、重大な危機が発生した場合には、首相もしくは担当大臣をトップとした COBRA(コブラ)と呼ばれる緊急参集チームが編成される。 Cabinet Office Briefing Rooms の略で、通常 A ルームに招集されることから COBRA と呼ばれている。 参集メンバーは危機発生事案に応じて異なる。政府だけの対応が困難な場合には軍への応援要請が出されることもある。
■地方政府の対応
現場での対応を仕切るのは自治体になる。ロンド ンの自治は、GLA(Greater London Authority: 大 ロンドン庁)のもと、City of London を含む 33 の 特別区で構成され、実際の行政運営は特別区が行っている。
GLA では、ロンドン・レジリエンスという会合を定期的に開き、オリンピック開催に限らず、日常 的に、警察や消防、特別区の危機管理担当者、さらにはインフラ企業などが集まって、ロンドン市内で 問題が起きた際の対応などについて協調・調整を図るための話し合いを行っている。
ロンドン特別区に出向して危機管理の業務に携わっていたという PWC の Leigh Farina 氏は「各 特別区では、オリンピックゲームに備え、2年程前 から3カ月に1回ぐらいの割合で合同訓練を実施している。最初は、各区の計画がしっかりとできてい るかを検証することから始めたが、直近に行われた訓練では、1つの危機案件について、全員が一緒に対応できるまで成熟度があがってきた」 と説明する。
Farina 氏によると、GLA にはロンドン全体の 特別区の危機管理を統括する危機管理センター (command centre)が設置されている
が、過去に 危機管理センターが指揮を執って対応にあたったの は 2005 年の同時爆破テロぐらい。しかし、オリン ピック期間中は、交通の不具合や、不審物の発見など、 その日に起きたことを、 すべて危機管理センターにレポートすることが決められているため、訓練には、特別区をはじめ、警察や消防、病院など 50 を 超える関連機関が参加し、組織間の連携の向上を 図っているという。
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