糸魚川大火の検証(前編)
今回の大火を「特異な事例」として片付けてはならない
多様な要因が複雑に絡み合って災害は生じる

室﨑 益輝
神戸大学名誉教授、ひょうご震災記念21世紀研究機構副理事長、兵庫県立大学防災教育研究センター長、ひょうごボランタリープラザ所長、海外災害援助市民センター副代表
2017/01/12
防災・危機管理ニュース
室﨑 益輝
神戸大学名誉教授、ひょうご震災記念21世紀研究機構副理事長、兵庫県立大学防災教育研究センター長、ひょうごボランタリープラザ所長、海外災害援助市民センター副代表
昨年末に、糸魚川駅の北側の木造が密集する商店街の一角で発生した火災は、折からの強風に煽られて約4万㎡を灰燼(かいじん)に帰し、約30時間後に鎮火した。この大火では、144棟が焼失し、16名が負傷し、約120世帯が家を失っている。この大火から学ぶべきことが多いと考えられるので、なぜ大火が起きたのかの原因究明を中心に、わが国の防災上の課題を探ってみたい。
この大火が注目されるのは、強風による大火はもはや起きないという思い込みを、根底から覆すものだったからである。そこでまず、日本の大火の歴史の中でいかなる位置にあるかを概観しておく。
大火の規模で見ると、40年前の酒田大火以降で、強風大火としては最大のものである。木造を主体として構成されるわが国の市街地は、大昔から大火の洗礼を幾度となく受けてきた。例えば、江戸時代の東京は300年間で100回の市街地大火を経験している。現代になっても、毎年のように大火は繰返された。戦後の1965年までの20年間を見ると、飯田の大火や鳥取の大火など「500棟以上を焼失する火災」は、37回も発生している。
この大火の克服を目標に、わが国では都市防火対策の強化が図られている。一方で、防火モルタルの普及や防火帯の建設など市街地の難燃化に努め、他方で、消防体制の常備化や消防装備の近代化など消防力の強化に努めてきた。その効果があって、1965年の大島大火の後の50年間をみると、500棟以上を焼失する強風大火は1976年の酒田大火を除いて発生していない。そのことが「強風大火は起きないという思い込み」につながっている。
ところで、40年前に起きた酒田大火については、火元がたまたま大規模な木造映画館であったこと、隣接のデパートが激しく炎上して火の粉を振りまいたことなど、特殊な条件が重なっての大火だったことから、「特異な事例」として片付けてしまった。その時に、正しく教訓を引きだして、他の都市でも起こりうるという危機感を持って再発防止に努めておれば、今回の大火は防げたかも知れない。ということでは、今回の糸魚川大火を「特異な事例」として、再び片付けてならない。
なお、糸魚川の大火の歴史にも触れておこう。19世紀以降、今回の被災地では100棟以上焼失する火災が、10回も発生している。最近では、1928年と1932年にそれぞれ105棟、368棟が全焼する大火を経験している。その経験がどのように生かされたのか、あるいは生かされなかったのかが、今回の大火で問われているのだ。
火元は、被災地の南端付近にあった中華料理店である。店主が鍋に火をかけたまま自宅に戻ってしまったため、出火に至っている。消防の先着隊は、出火から15分後に到着しているが、その時には隣家にすでに延焼中だった。しかも、火点の厨房が奥まったところにあったため、道路側からは有効に注水ができない状態であった。その結果として、初期に消火することができず、周辺家屋への延焼を許してしまった。
火災は、強い南風に煽られて南から北へと拡大している。火災拡大の主たる要因は、窓や屋根を突き抜けて噴出する火炎からの「輻射熱」と「火の粉」であった。家屋裏側への噴出火炎については消防の水が届きにくく、拡大を許している。それ以上に拡大の推進力になったのは、屋根を突き破って噴出する火炎からの火の粉であった。柱の断片のような大きな火の塊が風に乗って飛んできたという。この火の粉によって約10件の飛び火火災が起きている。
消防隊は初期において、ポンプ自動車6台で消火にあたっている。初期の鎮圧に失敗し、かつ強風が吹いている状況では、この6台ではとても勝ち目がなかった。そこで、広域応援を要請しているが、遠距離にある他都市からの応援が来るまでには時間がかかっている。結果的には、北に向かう火流を挟み撃ちする形で、東西方向絵の延焼を食い止めたが、北側への延焼は止められず、海まで拡大してしまった。海がなければ、もっと被害が大きくなったに違いない。
海までの約300mを4時間ほどかけて延焼している。ここから延焼速度は、70~100m/hという数字が得られる。酒田大火の90~120m/hに比べてやや遅い。関東大震災などと比べると、遥かにゆっくり燃えている。消防の放水や耐火造の存在が延焼の遅延に寄与している。また、隙間なく建ち並んだ木造群にあっても、隣家間の界壁(かいへき)が延焼を遅らす働きをしたと考えられる。界壁が水平方向への拡大を抑制したこともあって、火炎は垂直方向に屋根を突き破って噴出し、大きな火の粉を撒き散らす一因となっている。
多様な要因が複雑に絡み合って災害は生じる。
今回の火災では、鍋を火にかけたまま放置したという「人為的要因」が引き金になっている。しかし、それだけでは大火にならない。失火を大火にする拡大要因がそこに加わって大火になっている。その一つが、フォッサマグナを吹き降ろす強風が、長時間にわたって吹きつけたという「自然的要因」である。「姫川おろし」と呼ばれる強風は、激しい延焼をもたらすともに、大きな塊の火の粉を遠くまで吹き飛ばしている。
二番目に指摘しなければならないのが、老朽化した木造建物が密集し燃えやすい市街地が存在していたという「社会的要因」である。この密集状態は、大量の可燃物の存在による延焼のしやすさだけでなく、消防隊の進入を阻む形での消火のしにくさにつながっている。それに加えて、もうひとつの社会的要因がある。それは、大火に対抗できない消防力や消防態勢の弱さである。これについては、後に詳しく触れることにする。
以上をまとめると、人為的要因、自然的要因、社会的要因が絡み合って大火が生まれたのだが、そのなかでも、「強風」という自然的要因、「密集市街地」という社会的要因、「消防力不足」という社会的要因が、今回の大火の3大要因だということができる。ところで、大火のメカニズムから見ると、強風といった自然現象が引き起こす大火と、地震という自然現象が引き起こす大火とはなんら異なるところはない。国は今回の大火に自然災害を対象とした「被災者生活再建支援法」の適用を決定したが、この要因のメカニズムからして被災者の立場に立った妥当なものだった。
次回の後編は「大火防止と被災地への提言」を1月19日(木)に掲載予定です。
(了)
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