糸魚川大火の検証(後編) 大火防止と被災地への提言
「南風のときは大火に要注意」といった伝承が生きていた

室﨑 益輝
神戸大学名誉教授、ひょうご震災記念21世紀研究機構副理事長、兵庫県立大学防災教育研究センター長、ひょうごボランタリープラザ所長、海外災害援助市民センター副代表
2017/01/18
防災・危機管理ニュース
室﨑 益輝
神戸大学名誉教授、ひょうご震災記念21世紀研究機構副理事長、兵庫県立大学防災教育研究センター長、ひょうごボランタリープラザ所長、海外災害援助市民センター副代表
本稿の前編はこちらから↓
■「糸魚川大火の検証(前編)」今回の大火を「特異な事例」として片付けてはならない多様な要因が複雑に絡み合って災害は生じる
http://www.risktaisaku.com/articles/-/2271
さて、「防ぐ、消す、逃げる」という減災の3段階に即して、今回の大火から導き出される教訓を提示しておこう。
まず「防ぐ」ということで、オープンスペースや緑の大切さを指摘しておきたい。いかに燃え広がったかを診ることも大切だが、いかに焼け止まったかを診ることも欠かせない。上の写真は、海に近い北東の角から被災地を写したものであるが、手前の白い建物は消防隊の放水により延焼を免れている。建物の手前に大きな駐車場があり、そこに消防車を停め放水することができた。この事例に限らず、駐車場のあるところで焼け止まっている。消火活動を有効に展開できるように、消防通路や活動空地などを計画的に配置しておくことの大切さが示されている。
奥にあるもう一つの住宅も、周囲が焼失しながらも焼け残っている。南側に、大きな樹木があり、それが火炎や火の粉を防ぐ遮断機能を果たしている。それに加えて、屋根や外壁が不燃材料で防護してあったことが、幸いしている。木造であっても、屋根や軒裏の隙間などの弱点を、不燃材料で防護すれば延焼を免れうることを、示している。樹木が延焼を防いでいることについては、酒田大火の本間家が延焼を免れたことにも通じるもので、グリーンベルトや樹木帯を計画的に設置することの大切さを、ここから確認したい。
次に「消す」ということに触れたい。消すには、水と人と機械の3要素が欠かせない。まず水についてであるが、火災規模が著しく大きくなり、消火活動が長時間に及ぶと、消防水利が足りなくなる。今回も、消火栓の水圧が低くなり、防火水槽の水量が足りなくなっている。
阪神・淡路大震災の時も、水利が確保できず大火を許している。その時に「無限水利」ということが強調された。大火に応じるためには長時間活用可能な無限の水利がいるということだ。ところで今回は、建設会社にコンクリートミキサー車の応援を要請し、それを使っての海からの水の補給に成功している。めったに発生しない大規模火災の水利の臨時的な補完システムとして、参考になる。
次の人と機械については、反面教師という形で教訓を述べておきたい。今回は、家屋の密集や強風によって消防活動が妨げられ大火を許すことになったが、同時の消防職員や消防ポンプが不足していたという地方都市の消防力の脆弱性が大火を許すことにつながっている。消防ポンプ車両が少なく、初期消火時においても拡大防止時においても、ポンプが足りなかった。
地方都市では財政力が弱いこともあって十分な消防力が確保できていないところが多い。今回のような想定外の大火が起きると、自前の消防ポンプ車両では対応できない。ここでは、地方都市の消防力のあり方、大火リスクの高い市街地での消防力のあり方が問われている。
消防力の基準では人口をベースにポンプ車両などを決定している。しかし、必要消防力は人口だけで決まらない。今回のような大火では、ポンプ車両が6台とか9台ではとても足りない。地域面積や地形さらには市街地の形状も考えて、消防力を決めるようにしなければならない。消防力の基準のあり方が、今回の大火で問われている。
最後に「逃げる」についてである。今回の大火では、幸いにして死者が無かった。その理由としては、延焼速度が遅かったこともあるが、地域ぐるみの迅速な避難が行われたことが大きい。過去に何度も大火に遭遇し、「南風のときは大火に要注意」といった伝承が生きており、住民に危機感があったことが役立っている。それに加えて、火災では珍しい事ではあるが、行政によって避難勧告が出されたことも、人的被害の軽減につながった。
私は、津波だけでなく大火でも逃げ遅れを防ぐための避難勧告が欠かせないと考えている。水門を閉めようとして津波に巻き込まれた悲劇を、大火でも繰返してはならないと考えているからである。強風で飛び火などが多発する時には、関東大震災や函館大火のように取り囲まれ型の焼死者が発生する。それゆえに、同時多発火災や急激燃焼火災に対しては、広域避難計画の策定が欠かせない。今回の事例は、とても参考になる。
地方都市の問題を解決する上でも、次の大震災火災に向き合う上でも、この糸魚川大火の警鐘を「我が事」として受け止めなければならない。この悲しい出来事を教訓にして、本当に大火のないまちづくりに向けて、大きな一歩を踏み出すことができればと思っている。
(了)
防災・危機管理ニュースの他の記事
おすすめ記事
リスク対策.PROライト会員用ダウンロードページ
リスク対策.PROライト会員はこちらのページから最新号をダウンロードできます。
2025/05/05
企業理念やビジョンと一致させ、意欲を高める人を成長させる教育「70:20:10の法則」
新入社員研修をはじめ、企業内で実施されている教育や研修は全社員向けや担当者向けなど多岐にわたる。企業内の人材育成の支援や階層別研修などを行う三菱UFJリサーチ&コンサルティングの有馬祥子氏が指摘するのは企業理念やビジョンと一致させる重要性だ。マネジメント能力の獲得や具体的なスキル習得、新たな社会ニーズ変化への適応がメインの社内教育で、その必要性はなかなかイメージできない。なぜ、教育や研修において企業理念やビジョンが重要なのか、有馬氏に聞いた。
2025/05/02
備蓄燃料のシェアリングサービスを本格化
飲料水や食料は備蓄が進み、災害時に比較的早く支援の手が入るようになりました。しかし電気はどうでしょうか。特に中堅・中小企業はコストや場所の制約から、非常用電源・燃料の備蓄が難しい状況にあります。防災・BCPトータル支援のレジリエンスラボは2025年度、非常用発電機の燃料を企業間で補い合う備蓄シェアリングサービスを本格化します。
2025/04/27
自社の危機管理の進捗管理表を公開
食品スーパーの西友では、危機管理の進捗を独自に制作したテンプレートで管理している。人事総務本部 リスク・コンプライアンス部リスクマネジメントダイレクターの村上邦彦氏らが中心となってつくったもので、現状の危機管理上の課題に対して、いつまでに誰が何をするのか、どこまで進んだのかが一目で確認できる。
2025/04/24
常識をくつがえす山火事世界各地で増える森林火災
2025年、日本各地で発生した大規模な山火事は、これまでの常識をくつがえした。山火事に詳しい日本大学の串田圭司教授は「かつてないほどの面積が燃え、被害が拡大した」と語る。なぜ、山火事は広がったのだろうか。
2025/04/23
リスク対策.com編集長が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2025/04/22
帰宅困難者へ寄り添い安心を提供する
BCPを「非常時だけの取り組み」ととらえると、対策もコストも必要最小限になりがち。しかし「企業価値向上の取り組み」ととらえると、可能性は大きく広がります。西武鉄道は2025年度、災害直後に帰宅困難者・滞留者に駅のスペースを開放。立ち寄りサービスや一時待機場所を提供する「駅まちレジリエンス」プロジェクトを本格化します。
2025/04/21
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方