2020/02/10
リスクは連鎖する!
4. 執行免除忌避の可能性
前述の通り、投資協定仲裁において、せっかく投資家に有利な仲裁判断を獲得し、投資による損害額を回収する為、執行を実行したとしても、各国の裁判所が執行免除の命令を出してしまえば、元も子もない。では、執行免除を忌避する方法はあるのだろうか。筆者は以下の通り4通りの方法があると考えている。
まず、第一に外交的保護を求めることである。つまり、日本企業であれば日本政府に対して、投資先国政府と交渉をし、損害額回収を後押ししてもらうということである。
次に、ICSID仲裁を出来るだけ使うことである。世界銀行の一機関であるICSIDの仲裁判断を拒否すると、世界銀行からローンが必要な国であれば新規のローンの申し込みを断られたり、また既存のローンの利率を上げられたりすることの恐れが、仲裁判断を拒否することへの抑止力になる(この方法は執行免除の忌避というよりは、執行自体まで行かずに相手国に補償させるものではあるが)。
3番目として、訴訟ファンド(Third Party Funding)を使う方法がある。典型的な訴訟ファンドとは、訴訟の内容を吟味し勝つ可能性が高いと判断した原告に対し、訴訟費用を貸付、原告が訴訟の勝ち賠償金を獲得すると、その中からあらかじめ決められた比率(たとえば30%)を成功報酬としてファンドに払うものである。もし、敗訴すれば、原告は返済の必要はない。近年、投資協定仲裁にも、訴訟ファンドが介入し、投資家に有利な仲裁結果が出た場合の回収にまで請け負う場合があるようである。また、訴訟ファンド以外でも、仲裁となっている債権自体を投資銀行などに安価で売却することも増えてきていると聞く。
最後に「仲裁結果の不履行」というカバーのついている貿易保険/投資保険を購入することである。投資の損害が多岐にわたると損害額の予想がつかない場合があるので、あらかじめ保険金額(保険会社が一保険証券あたり払える最大の金額)を決めなければならないという保険のマイナス面はあるものの、投資家(保険契約上は被保険者)に有利な仲裁判断が出て、それに相手国が従わない場合は、原則、執行の結果を待たずに保険金が支払われる。
5. おわりに
投資協定は、投資を促進するための、国と国との約束である。投資家は投資協定を結んでいる国への投資は安全だと思って投資をしている場合が多いだろう。万が一、約束が反故のされた場合でも仲裁という救済措置が施されているからである。よもや、投資家に有利な仲裁判断が出た場合に、相手国がその判断に従わない、ましてや執行ができないなどとは思わないであろう。従い、投資協定に過度に依存するのではなく、投資協定が機能しない場合のプランも立てておくことが重要だ。
マーシュブローカージャパン株式会社
シニアバイスプレジデント
須知義弘
*1 京都大学法学部・大学院法学研究科 濱本正太郎教授 国際法研究情報 「ISDS条項批判の検討-ISDS条項はTPP交渉参加を拒否する根拠となるか-」(www.hamamoto.law.kyoto-u.ac.jp/kogi/2012/2012seminar/zemiron_isds.pdf)
*2 2020年1月31日現在、ニューヨーク条約締結国は161カ国。
*3~*6 独立行政法人経済産業研究所 RIETIディスカッション・ペーパー 名古屋大学 水島朋則 「投資仲裁判断の執行に関する問題」(https://www.rieti.go.jp/jp/publications/dp/13j078.pdf)
*7 http://icsidfiles.worldbank.org/icsid/icsidblobs/OnlineAwards/C126/DC662.pdf
*8~*9 独立行政法人経済産業研究所 RIETIディスカッション・ペーパー 名古屋大学 水島朋則 「投資仲裁判断の執行に関する問題」(https://www.rieti.go.jp/jp/publications/dp/13j078.pdf)
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