メディアへの対応

遭難事故の当日は、前述のように北海道防災ヘリが現場に到達できなかったので、地上から救助隊が徒歩で現地へ向かった。翌朝(7月17日)には、「北海道大雪山系で大量遭難」の報道が大きなニュースになっていた。

旭川地方気象台は、遭難事故発生の第1報を受領して以降、官署の総力を挙げて各機関への情報提供や、メディアからの問い合わせへの対応に当たった。職員数30人規模の地方気象台では、緊急時には総力戦にならざるを得ないので、普段から訓練などの備えをしていた。それは、この時同様の対応をしていた帯広測候所や釧路地方気象台でも同じであったと思われる。

7月17日の午前と午後、筆者が気象庁予報部勤務時代に関わりのあったNHK社会部(東京)の記者から、筆者の所持する携帯電話に直接呼び出しがあり、コメントを求められた。当時の記録によれば、筆者は次のように質問に答えている。

Q. 10名の死者が出ている。低気圧の影響か?
A. 15日に北海道を低気圧が通過した。
Q. 天気の経過は?
A. 15日は雨が降った。16日も天気回復せず、前日より気温が下がり、風が強まった。16日は気象台の窓から見ても、大雪山系はずっと雲がかかって見えなかった。
Q. 当方の取材では、遭難した登山者たちは軽装だったという情報があるが?
A. 標高約2000メートルの山頂付近は、ずっと雲(霧)の中で雨が降り続いたと思われる。16日は気温が摂氏10度以下に下がり、風速は毎秒20~25メートルに達したとみられる。それなりの装備が必要ではないか。
Q. 低温下で雨に濡れて風が強かったら、体感温度はかなり低いと考えてよいか?
A. 実際の気温より低く感じると思われる。ただし、遭難との関連については分からない。
Q. 登山者の服装と気象の関係は?
A. 16日の山頂付近での気温は、東京で言えば真冬の日中の気温である。それに毎秒20メートル以上の風が吹き、雨が降っていた。そうした中を行動する場合に、当然必要となる服装や装備というものがあるのではないか。それ以上のことは分からない。

その時点で、メディアの関心が、登山者たちの服装と遭難との関係に向けられていたことが分かる。しかし、気象台はそれについてコメントする立場にない。

17日の夕方には、本部(東京)から要請を受けたと思われるNHK旭川放送局の取材スタッフたちが、旭川地方気象台にテレビカメラを持ち込んできた。筆者はカメラの前で気象資料を示しながら、一連の気象経過を解説した。その時、筆者は次のようにコメントしている。
Q. 15日から16日にかけての天候の推移、標高2000メートル付近の状況について教えてほしい。
A. ……低気圧が通過した後も、大雪山系では雲が取れず、引き続き雨が降っていた。また寒気が入り、気温は摂氏10度以下になっていた。その上、毎秒20~25メートルの風が吹いていた。雲の中で視界がきかず、低温の中、雨に濡れた上、立っていられないほどの強風という状況と考えられる。
Q. 今後、登山される方にはどのような対応が必要と考えるか。
A. まず、気象状況を把握し、天気予報で天気の移り変わりの情報を得てほしい。その上で、入念な準備と装備をする必要があると思う。登山中も慎重な行動をお願いしたい。

収録された映像とコメントは、17日夜の報道番組で使用された。

おわりに

本事例での死亡者の死因はいずれも低体温症であるが、図8に示された850ヘクトパスカル面で摂氏8度という気温は、札幌における高層気象観測の統計でみても、7月として歴代10位の記録にも及ばず、決して著しい低温というわけではない。重要なことは、この程度の気温であっても、雨に濡れ、強風に長時間さらされる条件下では人命にかかわるということである。

警察庁の統計(2014~2018年)によれば、山岳遭難では道迷いによるものが最も多く、全体の約4割を占める。悪天候を主因とするものは全体の約1.2%であるが、気象が主因でなくても、何らかの形で気象が関与した山岳遭難はかなり多いと思われる。

山岳遭難は、山岳という特殊な場所で発生するものであり、たとえそれが気象を主因とする場合であっても、一般の気象災害とは性質を異にする。したがって、山岳遭難を気象災害とみることはできないが、本稿では、山岳遭難に関与する気象、あるいは山岳遭難を誘発する気象、という観点で解説した。