ポプラ並木を倒した台風――9月の気象災害――
最大瞬間風速50.2m/sの衝撃

永澤 義嗣
1952年札幌市生まれ。1975年気象大学校卒業。網走地方気象台を皮切りに、札幌管区気象台、気象庁予報部、気象研究所などで勤務。気象庁予報第一班長、札幌管区気象台予報課長、気象庁防災気象官、気象庁主任予報官、旭川地方気象台長、高松地方気象台長などを歴任。2012年気象庁を定年退職。気象予報士(登録番号第296号)。著書に「気象予報と防災―予報官の道」(中公新書2018年)など多数。
2025/09/25
気象予報の観点から見た防災のポイント
永澤 義嗣
1952年札幌市生まれ。1975年気象大学校卒業。網走地方気象台を皮切りに、札幌管区気象台、気象庁予報部、気象研究所などで勤務。気象庁予報第一班長、札幌管区気象台予報課長、気象庁防災気象官、気象庁主任予報官、旭川地方気象台長、高松地方気象台長などを歴任。2012年気象庁を定年退職。気象予報士(登録番号第296号)。著書に「気象予報と防災―予報官の道」(中公新書2018年)など多数。
北海道大学構内のポプラ並木といえば、札幌市の観光名所の1つだが、2004(平成16)年9月の台風第18号に伴う暴風によって、全体の半数ほどの木が倒されてしまった。北大のポプラ並木は1903(明治36)年から1911(明治44)年にかけて植えられたというから、2004年当時で100年ほどの歴史を有していたが、過去に暴風でこれほどの被害を受けたことはなかった。北海道一円に未曽有の風倒木被害が生じた1954(昭和29)年9月の洞爺丸台風のときでさえ、北大ポプラ並木は数本が倒される程度の被害で済んでいた。北大ポプラ並木にとって、2004年9月の暴風は、まさに別格であったと言える。本稿では、この被害をもたらした台風と、この時の暴風の特徴について述べる。
2004年は台風が10個上陸した年である。6月に2個(第4号と第6号)、7月に1個(第10号)、8月に3個(第11号、第15号、第16号)、9月に2個(第18号と第21号)、10月に2個(第22号と第23号)が上陸した。気象庁の台風に関する統計資料によれば、2004年は台風上陸数のランキングの第1位となっている。第2位は2016年、1993年、1990年が同数で6個だから、2004年はダントツの1位であり、かなり特異な年であったと言える。しかも、この年の上陸台風はどれも個性が強く、話題性があり、教訓となることも多かった。その特異な年に、筆者は気象庁本庁で、防災・危機管理を担当する主任予報官の職にあり、貴重な経験をさせてもらった。そうした事情もあって、本連載では2004年の上陸台風をたびたび取り上げてきた。これまでに取り上げたのは、第6号(2023年6月「暴風警報と児童生徒の登下校」)、第16号(2023年8月「高潮と満潮時刻」)、第21号(2024年9月「三重県の豪雨災害」)、第22号と第23号(2022年10月「2004年10月に上陸した2つの台風」)である。
そして今回、2004年台風第18号(以下「台風第0418号」と表記する)を取り上げる。この年7個目の上陸台風である。この台風の経路を、図1に濃紺の太線で示す。8月26日15時、マーシャル諸島海域で発生した熱帯低気圧は西へ進み、28日9時にエニウェトク環礁の近海で台風第18号となった。その後は西北西に進みながら急発達し、マリアナ諸島北部にさしかかった31日15時に中心気圧925ヘクトパスカル、最大風速45メートル/秒の非常に強い勢力となり、9月2日15時までの48時間にわたってこの勢力を維持した。その後、この台風は日本のはるか南海上で中心気圧がわずかに浅まったが、最大風速は45メートル/秒を維持した。沖縄に近づいた4日15時には、中心気圧が再び925ヘクトパスカルに降下するとともに、最大風速が50メートル/秒に達し、生涯を通じての最強勢力を獲得した。この勢力を維持したまま、5日夕刻に沖縄本島北部を通過し、東シナ海へ進んだ。6日午後には西進成分がなくなり、夕方以降は北東に針路をとり、7日9時半頃長崎市付近に上陸した。
その後、台風は強い勢力を維持したまま九州北部を横断し、スピードを上げて日本海を進み、8日朝には北海道の西岸沖に達して勢力をやや強め、8日9時に積丹半島沖で温帯低気圧に変わった。その後も北東へ進み、宗谷海峡を通過して、8日午後にはオホーツク海へ入り、9日にはカムチャツカ半島南部を横断してアリューシャン列島方面へ去った。台風中心の軌跡は放物線を描き、最も西へ進んだ転向点は九州南西海上の北緯29度付近であった。これは太平洋高気圧の尾根の軸がこの付近に存在したことを示す。
台風第0418号の経路は、1991(平成3)年に莫大な果樹被害をもたらした台風第9119号(通称「りんご台風」)の経路との類似が指摘される。図1に「りんご台風」の経路を深緑色の細線で重ね書きして示した。九州の南西海上から津軽海峡西口まで、台風第0418号の経路と、「りんご台風」の経路がほぼ重なっている。上陸時や日本海を移動中の勢力は、「りんご台風」のほうがわずかに強かったが、北海道付近では台風第0418号のほうが強かった。しかも、「りんご台風」が北海道を横断したのに対し、台風第0418号は北海道の西岸沖を北東進した。北海道の暴風被害という点では、台風第0418号のほうが危険なコースである。
台風第0418号については、洞爺丸台風(1954年台風第15号)との類似も指摘される。図1に、洞爺丸台風の経路をレンガ色の細線で重ね書きして示した。洞爺丸台風は、鹿児島県に上陸する頃から急加速し、中国地方を通過して日本海へ進む頃のスピードは時速約100キロメートルに達し、あっという間に津軽海峡西方に進んで急減速した。そして、運命の青函連絡船洞爺丸の事故が起きた。洞爺丸台風が鹿児島県に上陸した頃の中心気圧は970ヘクトパスカル(当時は気圧の単位としてミリバールを使用していた)くらいで、後年の「りんご台風」や台風第0418号の上陸時の勢力より弱かったが、上陸後に中心気圧が下がり続け、日本海を進みながらさらに深まり、北海道西岸へ進んだ時には952ヘクトパスカルに達し、生涯を通じての最強勢力を示すに至った。この発達は、もちろん台風が温帯低気圧に変化する過程での出来事であるが、当時はそうした現象に関する知識が乏しく、異常発達として受け止められた。
図1で、台風第0418号の経路と洞爺丸台風の経路を比較すると、秋田沖の北緯40度線を過ぎてからの経路がほぼ一致していることが分かる。強い台風が北海道の西岸に沿って北東進あるいは北北東進すると、台風の南東側に入る北海道では南西風が著しく強まり、暴風被害が大きくなりやすい。また、温帯低気圧に変化する過程で加速しながら勢力を強めたことも、台風第0418号と洞爺丸台風の共通点であった。
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