痛ましい山岳遭難は後を絶たない。近年は中高年の登山ブームとかで、登山人口が増える中、遭難件数も増加している。図1は警察庁が公表している過去約60年間の山岳遭難者数の推移のグラフである。これを見ると、山岳遭難者数は平成に入ってから増加し、平成の約30年間で約4倍に増えたことが分かる。

写真を拡大 図1. 山岳遭難者数の推移(警察庁による)昭和51年以降の遭難者数は無事救出者を含む

2009年7月16日、北海道の屋根といわれる大雪山系で同時多発的に山岳遭難が発生し、10人が死亡した。なかでも、日本百名山の一つであるトムラウシ山(標高2141メートル)では、ツアー登山グループの18人と、単独登山者1人が遭難し、ツアーガイド1人を含む9人の命が奪われた。死因はいずれも、低体温症(凍死)である。夏山登山史上最悪といわれるこの山岳遭難事故を題材として、夏の山岳遭難に関わる気象を考察してみる。

トムラウシ山

大雪山(たいせつざん、だいせつざんとも)は、北海道の最高峰旭岳(標高2291メートル)を主峰とする標高2000メートル級の山々の総称である。かつてアイヌの人々は、大雪山を「カムイミンタラ」と呼んだ。直訳すると「神々の遊ぶ庭」であるが、アイヌの人たちが神の化身と考えたヒグマの多い場所をこのように表現したのかもしれない。

その中で、トムラウシ山は最も奥深いところにあり、登山の対象としては上級者向きとされる。「トムラウシ」はアイヌ語で、「花の多いところ」という意味がある。トムラウシ山の周辺は高山植物の宝庫である。

2009年の遭難事故当時、筆者は旭川地方気象台長の職にあった。旭川市は大雪山系の北西側にあり、晴れた日には美しい山々の姿を望むことができる。合同庁舎の6階にあった気象台長の執務室の窓から眺めると、トムラウシ山は、奥まったところにあるせいかあまり目立たないが、手前にある稜線の上に、山塊が一段高く浮かび上がっているように見えた(図2)。

写真を拡大 図2. 旭川地方気象台の執務室から見たトムラウシ山(2010年11月、筆者撮影)

遭難事故のあらまし

東京の旅行代理店が企画した2泊3日の大雪山系縦走ツアーに参加したのは、50~60代の男女15人であった。ツアーガイドは3人で、他に途中までネパール人のシェルパ1人が同行した。図3に、縦走コースの概要を示す。

写真を拡大 図3. 縦走コースを赤破線で示す(国土地理院電子国土Webの地図に加筆)

1日目(7月14日)は、風が強かったが晴天であった。ロープウエーの終点姿見(すがたみ)駅から歩き始め、旭岳を経て白雲岳避難小屋まで、予定通り約12キロメートルの道のりを全員無事に進んだ。

2日目(7月15日)は朝から大雨で、歩きにくい泥道約16キロメートルを約10時間で歩き、ヒサゴ沼避難小屋に到着した。装備は濡れ、翌朝になっても乾かなかった。そして事故当日の3日目を迎えたのである。

3日目(7月16日)は、朝の時点で風が非常に強く、雨も止んでいなかったが、一行は出発した。トムラウシ山への登頂を断念し、山頂を迂回して下山を目指すが、低温下の強風に難儀し、次第に体温と体力を奪われて、動けなくなる者が続出してしまった。

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