地震リスクのない場所なんて日本にはない!? 熊本地震で崩落した熊本市内のアーケード


■地震リスクのジレンマに悩むヨシオ

ヨシオは第4回目のBCP会議を前に、どうしたものかと思案していました。手元には地震のハザードマップと熊本地震に関する新聞記事のスクラップがあります。ハザードマップには地域別の震度分布が色分けされており、ヨシオの会社などは震度5強と6強の境目付近に位置していてなんとなく微妙です。

震度5強と震度6強ではだいぶ強さに違いがあるのだろうな。いったいどっちなんだろう。当社から1キロほど北は震度4に色分けされているぞ。こっちなら少し安心だったのになあ…。このように思いつつ熊本地震の新聞スクラップに目を通すと、気が重くなることが書いてあるのです。

「九州地方は地震が少ない。そんなリスク回避の観点から九州に工場を移転した企業も少なくなかった。自動車関連の工場や半導体製造工場などがその中心だ。とくに熊本の場合、豊富できれいな阿蘇の湧水が利用できるため、多くの半導体工場がこの地を選んだのだ。ところがその熊本を震度7の激震が2度も襲った。そもそも日本列島は四方から押し合いへし合いする4つのプレートの境界に位置し、活断層は2000以上もある。いつ地震が起きてもおかしくないのだ。熊本地震の教訓を生かすなら、地震が少ないという理由で工場を持ってくるのは危ない。その戦略を各社とも見直すべきだ…」。ヨシオはスクラップ記事を読みながら、ハザードマップで安全地帯を探す自分が空しく思えてくるのです。

しかしその気分に喝を入れたのはすぐそばにいた総務部長でした。「地震リスクのない場所なんて日本にはないぞ。地震を水たまりのように避けて通るなんてできっこない。どこだって起こり得るんだ。万一起こる、いや起こって当然の構えでBCPを作ることだな」。

■地震被害は人がケガをする、モノが壊れるだけではない

さて、第4回目の会議が始まりました。今回は総務部長も説明に加わります。最初にヨシオは例のスクラップ記事を手に、日本ではどこにいても地震の影響を受けること、リスク回避を念頭にハザードマップできめ細かに想定することもさることながら、「起こることを前提にBCPを考えるのが現実的」と強調しました。これに次いで総務部長が「直接的、間接的な地震の影響」に関する説明を始めました。

「地震と言えば、人がケガをしたり建物にひびが入るといった被害を皆さんは想像するでしょう。ところが実際の損害は、これだけでは済みません。当社の工場で生産した電装品の注文の受付や販売サービスは本社で行っています。もし本社が被災すれば、注文受理、出荷指示、販売管理その他の機能が一度にマヒしてしまいます。1週間止まれば百万単位、1か月止まれば千万単位の大きな収益機会の逸失が生じます。それだけではない、お客様との約束を果たせず信頼を失うかもしれない。これら有形・無形の損失が一度に発生するわけです」。

「一方、たとえ本社が無傷でも、何千点にもおよぶ部品のうち、仕入先の被災によって調達できなくなるものが出てくるかもしれない。とくに電装品の心臓部であり、差別化手段でもある部品X、Y、Zが入手困難になれば致命的です。これはつまり本社で部品を調達できなくなるゆゆしき事態なのです。この理由はさまざまで、直の仕入先の被災が原因かもしれないし、仕入先の仕入先、つまり二次、三次のサプライヤーの被災でそうなることもあるでしょう。東日本大震災では、部品不足で工場が稼働できず、倒産に至った例がいくつか報告されています」。

■最初の5分が命を守り切れるか否かの鍵

「なるほど、有形・無形の損失が一度に発生する可能性があるわけだ」。会議メンバーも納得顔です。さてここからは気を取り直して、大地震発生時に身を守るための緊急対応手順の議論に移ります。進行はヨシオが務めます。「地震はいつ起こるかまったく予想がつきません。その時われわれが身を守るためにとれる行動には限界があります。したがって、まず必要なのは地震発生から5分の間に身を守るための行動パターンがとれるかどうかが一つのポイントになります。身近な例で言えば、デスクワーク中、車を運転中、電車で移動中、あるいは客先を訪問中など想像してみてください。いきなりドーンと大きな揺れが来たらどうやって身を守るのか、業務毎に決めておいていただきたいのです。東日本大震災のように離れた場所で大地震が起これば「緊急地震速報」が役立つこともあります。地震波(S波)到達までの数十秒の間に身の安全を確保するためにできることはないか、話し合ってみてください」。

「次に避難についてです。繰り返しますが、地震の場合、われわれがどこにいて何をしているかはその時になってみないとわかりません。地震は火災のようなローカルな災害とは異なり、揺れが始まったら直ちに避難した方がよい場合、その場にとどまって机の下などに退避した方がよい場合など状況によってさまざまです。複雑な構内で全員一斉避難を呼びかけるとかえって危険なこともあります。このあたり難しいところですが、望ましい行動のしかたを現場ごとにイメージしておく必要があります」。

■地震の予防策は固定と遠隔退避

最後は地震の被害を軽減するための予防策です。そのポイントは2つあります。一つは社内の「固定」、もう一つは同時に被災しないための遠隔退避の工夫です。前者の固定対策については次のような切り口で考えをボードに書き出しました。

まずは「書類棚やファイルキャビネット、サーバ、PC類の固定」です。これは多くの人が耳にタコができるほど見て聞いてきたことではあります。しかしこの当たり前のことが実行できていないことも事実です。それほどお金や手間のかかることでもありません。しっかり対策を講じてもらうために、ヨシオは各長に地震対策完了チェックシートを配布して、対策が完了するまで進展状況を報告させる機会を設けることにしました。一方、もう一つ固定対策もあります。それは「可動式ツールの固定」です。大地震ではOA機器等が勝手に走りだしてあちこちにぶつかってモノを壊す、本体も故障してしまうといったことがあります。日頃からストッパーをかけるか、マジックテープなどで近くの机やパーティション、ファイルキャビネットなどに仮固定する措置を提案しました。

ポイントの2つ目、「同時に被災しないための遠隔退避」としては、典型的なものに「データの遠隔保管」があります。ヨシオの会社では、基幹サーバに格納してある日々の重要な取引データについては、すでに情報セキュリティ対策の一環としてクラウドサービスで運用しています。しかしこれらの他にも紙ベースの重要書類があります。古くからの電装品の設計図など重要な図面類については取捨選択し、PDF化できるものはPDF化して電子的に保管することにした他、通帳や土地・建物などの重要書類も金庫保管だけでは心配なので、コピーを社長宅に預けることにしました。

(了)