2013/11/25
誌面情報 vol40
「即応」できる力を身に付ける

インタビュー 一般社団法人日本経営士会経営士/元海上自衛隊海将補 林 祐氏
巨大地震や自然災害などの大規模災害に直面した時、リーダーに求められる資質が、「即応」と「的確な初動」。元海上自衛隊海将補という経歴を持つ林 祐氏は、自衛隊でも多用している「図上演習」が、危機に適切に対処できる社員育成に有効と語る。
■北に向かって走れ!
危機管理においては、「即応」と「的確な初動」が重要です。2005年8月、ロシア海軍の小型潜水艇がカムチャッカ沖の海底でワイヤーに絡まる事故を起こし、各国に救援を求めてきました。自衛艦隊司令部は、防衛省として「国際緊急援助」を発令する見込みであることを確認すると、すぐに函館にある掃海艇部隊に出動を指示しました。まだ正確な事故現場は不明で現地の海図も未入手、もちろん、指揮官も決まっていませんし、そもそも函館の掃海部隊は自衛隊司令官の指揮下の部隊ではありませんでしたが、「国際緊急援助部隊として自衛艦隊隷下に編入される予定。指揮官と現地の海図は決まり次第ヘリコプターで送る。作戦要領も航走中に決めるから、とにかく北へ向かってくれ」直ちに出港の指示を出したのと、です。部隊は3時間後に出港し、北へ向かいました。
この時は結局、イギリスが空輸した深海救難艇が潜水艇乗員の救助に成功したので部隊は途中から引き返したのですが、「海上自衛隊は最も早く救難出動してくれた」と、当時のプーチン大統領から感謝されました。
■可動全艦は直ちに出港せよ!
2011年3月11日に発生した東日本大震災でも、この教訓が生きました。自衛艦隊司令官が、全可動艦に対して「直ちに出港」の命令を下したのは、地震発生からわずか6分後です。
通常、艦艇が出港するには、規定の食糧や燃料を搭載する必要がありますし、休暇中の乗組員は呼び戻さなければなりません。特に年度末は、艦艇のオーバーホールなどで、直ちに航行可能な艦は少ないのですが、「とにかく可動艦は直ちに出港せよ、具体的な行き先や命令は追って出す」という指示を出したことで、地震発生から12時間後の3月12日午前3時には、数十隻の艦艇が三陸沖に集結し、救難活動に取り組むことができました。
すべての準備を整えてから出港していたら、災害救助で最も重要な最初の12時間を失い、津波にのみ込まれた方の救助や、避難所で夜間の寒さに耐えている方々への支援が大幅に遅れたかもしれません。「即応」とは、「危機対策本部を設置する」ことではなく、「具体的な一歩を踏み出す」ことなのです。
■「的確な初動」がリーダーの条件
いくら即応体制を整えても、最初の一手を打ち間違えては意味がありません。間違いのフォローに手間と時間がかかり、フォローに集中するあまり他の事象が見えなくなり、それがさらに次の一手の遅れにつながるという「負のスパイラル」に陥ってしまいます。逆に最初の一手が的確なら、次の一手に何が必要か考える時間が生まれ、細かいことに気配りする余裕が出てくるので、どんどん先手を打つことができるようになるのです。で3.11は、緊急出港によって得られた12時間の猶予の間に、どの部隊をどこに送るか、食糧・物資はどう手配するか検討することができました。
「的確な初動」の鍵は言うまでもなく「情報」です。しかし、危機を乗り切れるリーダーは、必ずしも情報を待って動きません。現実の災害では、種々雑多な情報が断片的に入ってきますから、より多くの情報を待つ間に事態はどんどん変化し、最初の情報はもう古くて使えません。だから情報を待たないのです。
福島原発事故では、当時の菅首相は、情報が足りないと自ら原発に乗り込みました。情報不足を補うつもりだったのでしょうが、結果的には原発幹部の貴重な時間を浪費しただけで、事態の改善には何らつながりませんでした。今ある情報だけで判断できないリーダーは、情報があっても判断できないのです。
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