2013/11/25
誌面情報 vol40
1人の人間は5人しか管理できない
福島第一原子力発電所の事故の教訓として、一般企業や自治体を含め、広く組織の参考になると思われるのが「最悪の事態に陥る」ことを前提にした対策だ。震災後、想定外を想定することの重要性が指摘されているが、どれほど徹底した事前のハード対策を行ったとしても、想定外をゼロにすることはできない。それを補えるのは組織の危機対応力である。危機発生後、最適な方法をいかに早く決定し対応にあたるか、それが実行できる支援体制をいかに構築するか、緊急時における組織体制や組織間連携、情報共有、意思決定のプロセスのあり方が問われている。
東京電力では現在、アメリカで幅広く導入されている緊急時の組織体制を参考に、独自の危機対応体制を整えている。従前との違いは、指揮官1人が管理できる人数的な限界や意思決定のプロセスを明確にしたことだ。
福島原発事故では、政府首脳などの介入もあり迅速・的確な意思決定ができなかったことは多くのメディアや事故調査報告書の中でも報じられている通りだ。加えて、全電源喪失を想定した対応マニュアルがなく、現場における手動によるベント(格納容器内の気体の放出)手順が整備されていなかったこと、本社が調達して発送した多機種の資機材が一斉に搬入され必要機種の選別に手間どったことなど、数多くの問題点が指摘されている。
現場では、情報共有を図るためのシステムが電源喪失に伴いほとんど使用不可に陥り、発電所長からの権限委譲も適切でなく、あらゆる判断を発電所長自らが行う体制となっていて、情報共有と指揮命令は大混乱した。さらに、事故の状況や進展が号機ごとに異なるにもかかわらず、すべて一括で対応にあたるという従前の機能班単位で活動していたことも対応を鈍らせた。
こうしたことから東京電力は、米国の原子力発電所における緊急時体制を調査するとともに、国内外の専門家の意見を聞き、アメリカで政府・行政機関や軍/消防/警察/医療機関などで広く採用されている緊急発生時に弾力性を持った組織体制「インシデント・コマンド・システム(ICS)を」取り入れた緊急時における独自の組織体制を構築してきた。

インシデント・コマンド・システムは、1970年代にカリフォルニアの火災をきっかけに、異なる機関、部門などが連携できるように開発された「危機対応の標準化」を定めた組織体制だ。1980年代には全米の森林火災の現場で採用されるようになり、1990年代以降は、他の災害やオリンピックのような国際イベントなどでも採用されている。 災害規模に応じて伸縮可能 ICSの特徴は、いくつかあるが、大きく分けると組織の構造と、組織の運用について示している。 まず、組織の構造上の特徴として、現場指揮官を頂点に、各部門の指揮官を含め直属の部下を3~7人の範囲で収まる構造を大原則としている。
その理由は、人の人間が緊急時に直1接指揮命令を下せる範囲は3人~7人程度(望ましくは5人まで)であることに由来する。どれほど優秀な人でも一度に10人、20人という人に指示を出しながら危機対応にあたることは難しい。こうした人間の能力の限界を超えないようにすることで、適切迅速な指示が出せるよう考えられ・ている。
もう一点、災害の規模に応じて縮小・拡張可能な組織構造であることを定めている。災害規模が大きければ別の部隊を呼ぶ、逆に災害規模が小さければ現場だけで対応するといった柔軟性を重視している。
一方、運用面においては、◇直属の上司の命令にのみ従う指揮命令系統の明確化、◇決定権を現場指揮官に与える役割分担の明確化、◇全組織レベルでの情報共有を効率的に行うための様式やツールの活用、◇技量や要件の明確化と維持のための教育・訓練の徹底―などの特徴を持つ。
ICSの詳細については、熊丸氏へのインタビューで改めて紹介する。
誌面情報 vol40の他の記事
- 特集1 変わる!東京電力の危機管理体制
- 東京電力の危機管理を変えたインシデント・コマンド・システム
- 原発はどこまで安全になったか
- 市民目線を重視
- 米国を参考に構築した緊急時の組織
おすすめ記事
-
中澤・木村が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2025/06/17
-
サイバーセキュリティを経営層に響かせよ
デジタル依存が拡大しサイバーリスクが増大する昨今、セキュリティ対策は情報資産や顧客・従業員を守るだけでなく、DXを加速させていくうえでも必須の取り組みです。これからの時代に求められるセキュリティマネジメントのあり方とは、それを組織にどう実装させるのか。東海大学情報通信学部教授で学部長の三角育生氏に聞きました。
2025/06/17
-
-
入居ビルの耐震性から考える初動対策退避場所への移動を踏まえたマニュアル作成
押入れ産業は、「大地震時の初動マニュアル」を完成させた。リスクの把握からスタートし、現実的かつ実践的な災害対策を模索。ビルの耐震性を踏まえて2つの避難パターンを盛り込んだ。防災備蓄品を整備し、各種訓練を実施。社内説明会を繰り返し開催し、防災意識の向上に取り組むなど着実な進展をみせている。
2025/06/13
-
「保険」の枠を超え災害対応の高度化をけん引
東京海上グループが掲げる「防災・減災ソリューション」を担う事業会社。災害対応のあらゆるフェーズと原因に一気通貫の付加価値を提供するとし、サプライチェーンリスクの可視化など、すでに複数のサービス提供を開始しています。事業スタートの背景、アプローチの特徴や強み、目指すゴールイメージを聞きました。
2025/06/11
-
-
その瞬間、あなたは動けますか? 全社を挙げた防災プロジェクトが始動
遠州鉄道株式会社総務部防災担当課長の吉澤弘典は、全社的なAI活用の模索が進む中で、社員の防災意識をより実践的かつ自分ごととして考えさせるための手段として訓練用のAIプロンプトを考案した。その効果は如何に!
2025/06/10
-
-
緊迫のカシミール軍事衝突の背景と核リスク
4月22日にインド北部のカシミール地方で起こったテロ事件を受け、インドは5月7日にパキスタン領内にあるテロリストの施設を攻撃したと発表した。パキスタン軍は報復として、インド軍の複数の軍事施設などを攻撃。双方の軍事行動は拡大した。なぜ、インドとパキスタンは軍事衝突を起こしたのか。核兵器を保有する両国の衝突で懸念されたのは核リスクの高まりだ。両国に詳しい防衛省防衛研究所の主任研究官である栗田真広氏に聞いた。
2025/06/09
-
危険国で事業展開を可能にするリスク管理
世界各国で石油、化学、発電などのプラント建設を手がける東洋エンジニアリング(千葉市美浜区、細井栄治取締役社長)。グローバルに事業を展開する同社では、従業員の安全を最優先に考え、厳格な安全管理体制を整えている。2021年、過去に従業員を失った経験から設置した海外安全対策室を発展的に解消し、危機管理室を設立。ハード、ソフト対策の両面から従業員を守るため、日夜、注力している。
2025/06/06
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方