1人の人間は5人しか管理できない

福島第一原子力発電所の事故の教訓として、一般企業や自治体を含め、広く組織の参考になると思われるのが「最悪の事態に陥る」ことを前提にした対策だ。震災後、想定外を想定することの重要性が指摘されているが、どれほど徹底した事前のハード対策を行ったとしても、想定外をゼロにすることはできない。それを補えるのは組織の危機対応力である。危機発生後、最適な方法をいかに早く決定し対応にあたるか、それが実行できる支援体制をいかに構築するか、緊急時における組織体制や組織間連携、情報共有、意思決定のプロセスのあり方が問われている。

東京電力では現在、アメリカで幅広く導入されている緊急時の組織体制を参考に、独自の危機対応体制を整えている。従前との違いは、指揮官1人が管理できる人数的な限界や意思決定のプロセスを明確にしたことだ。 

福島原発事故では、政府首脳などの介入もあり迅速・的確な意思決定ができなかったことは多くのメディアや事故調査報告書の中でも報じられている通りだ。加えて、全電源喪失を想定した対応マニュアルがなく、現場における手動によるベント(格納容器内の気体の放出)手順が整備されていなかったこと、本社が調達して発送した多機種の資機材が一斉に搬入され必要機種の選別に手間どったことなど、数多くの問題点が指摘されている。 

現場では、情報共有を図るためのシステムが電源喪失に伴いほとんど使用不可に陥り、発電所長からの権限委譲も適切でなく、あらゆる判断を発電所長自らが行う体制となっていて、情報共有と指揮命令は大混乱した。さらに、事故の状況や進展が号機ごとに異なるにもかかわらず、すべて一括で対応にあたるという従前の機能班単位で活動していたことも対応を鈍らせた。 

こうしたことから東京電力は、米国の原子力発電所における緊急時体制を調査するとともに、国内外の専門家の意見を聞き、アメリカで政府・行政機関や軍/消防/警察/医療機関などで広く採用されている緊急発生時に弾力性を持った組織体制「インシデント・コマンド・システム(ICS)を」取り入れた緊急時における独自の組織体制を構築してきた。 

インシデント・コマンド・システムは、1970年代にカリフォルニアの火災をきっかけに、異なる機関、部門などが連携できるように開発された「危機対応の標準化」を定めた組織体制だ。1980年代には全米の森林火災の現場で採用されるようになり、1990年代以降は、他の災害やオリンピックのような国際イベントなどでも採用されている。 災害規模に応じて伸縮可能 ICSの特徴は、いくつかあるが、大きく分けると組織の構造と、組織の運用について示している。 まず、組織の構造上の特徴として、現場指揮官を頂点に、各部門の指揮官を含め直属の部下を3~7人の範囲で収まる構造を大原則としている。

その理由は、人の人間が緊急時に直1接指揮命令を下せる範囲は3人~7人程度(望ましくは5人まで)であることに由来する。どれほど優秀な人でも一度に10人、20人という人に指示を出しながら危機対応にあたることは難しい。こうした人間の能力の限界を超えないようにすることで、適切迅速な指示が出せるよう考えられ・ている。 

もう一点、災害の規模に応じて縮小・拡張可能な組織構造であることを定めている。災害規模が大きければ別の部隊を呼ぶ、逆に災害規模が小さければ現場だけで対応するといった柔軟性を重視している。 

一方、運用面においては、◇直属の上司の命令にのみ従う指揮命令系統の明確化、◇決定権を現場指揮官に与える役割分担の明確化、◇全組織レベルでの情報共有を効率的に行うための様式やツールの活用、◇技量や要件の明確化と維持のための教育・訓練の徹底―などの特徴を持つ。 

ICSの詳細については、熊丸氏へのインタビューで改めて紹介する。