2005年時点の世界貿易センタービル跡地(グラウンド・ゼロ) (出典:Wikipedia)
 

先月は、9.11同時多発テロ後に米国内に新設された運輸保安庁(Transportation Security Administration: TSA)の登場により、米国の航空保安体制がどのように変化し、保安検査がどう変わったのか説明しました。今月は、TSAが他国へ及ぼしている影響とその強大なパワーの限界についてお話しします。

TSA基準の徹底

米国へ向かう人々の多くは、受託手荷物検査のためにTSAロック付スーツケースを購入しています。このスーツケース以外の場合、内容物の検査のためにTSA職員によって鍵を壊される可能性があります。鍵が壊れた(壊された)スーツケースの苦情は受け付けられません。

2004年9月30日からは、米国人以外の旅客に対して指紋情報の読み取りと顔画像の撮影が行われるようになりました。さらに、2009年1月12日より、米国行きの航空機や船に搭乗する前に、電子渡航認証システム(Electronic System for Travel Authorization: ESTA)を行い、渡航認証を受けなければ米国へ入国できなくなりました。

私たちはこれらを厳守することで、やっと米国へ入ることが許されます。当然、私たちを運んでくれる航空会社もTSAの絶対的ルールに従わなければならないことになっています。

ESTAのロゴ(出典:Wikimedia Commons)

米国への直行便を持つ航空会社に対して、TSAは米国と同等の保安検査の実施を要求しています。国際連合の専門機関である国際民間航空機関(ICAO: International Civil Aviation Organization)も各国の航空セキュリティを監査していますが、米国の場合はICAO基準ではなく、TSA基準で査察を実施します。セキュリティ対策が米国内と同レベルの基準に達していなければ、米国への直行便運航禁止という最大のペナルティを科すこともあります。

すべては、米国の安全を守るために必要な措置であるとTSAは説明し、米国民の税金を使って他国の空港へ出向き、査察します。TSAの基準が満たされていない国に対しては、是正を求め、航空保安体制の改善をその国の政府機関(日本の場合は国土交通省航空局)に強く要請することもあります。

米国便に限っては米国のセキュリティ基準で旅客や荷物の検査を行うように指示し、従わなければ米国内への乗り入れ禁止措置を取ります。この切り札の威力は絶大です。米国へ直行便を飛ばせないということは、航空会社にとっても死活問題となりかねず、日本も例外ではありません。

非常にやっかいなTSA基準ではありますが、徹底させることにより、航空機で移動する旅客の安全担保に貢献し、他国の航空保安の品質を米国が向上させていることは事実でしょう。欧米並みの保安検査を実施していなかった空港が、TSA査察により直行便運航を禁止された結果、セキュリティレベルを飛躍的に向上させた事例もあります(できる能力があったのなら最初からやっておけば良かったのに)。

厳しすぎる体制に対して、旅客からの苦情を受けながらも、9.11を繰り返さないために、米国流の航空保安体制を維持し続けています。

米国主導から対等へ

9/11 World Trade Center Attack Photos(出典:Fricker)

2001年9月11日、この1日で3000人以上が犠牲となった米国は、「テロ抑止・航空保安向上」の名のもと、世界の航空保安体制を先導し、自国・他国問わずにTSA基準を課してきました。

航空保安体制を強化すると、保安検査や保安検査機器にかかるセキュリティコストは当然上昇します。厳しい保安検査に辟易した人々が、航空機を避け鉄道やバスでの移動を選択すると、航空会社の収入は減少します。

しかし、飛行機を飛ばす以上、セキュリティは必須でありそのコストが減ることはありません。飛行機を安全に飛ばすために行っているセキュリティの費用が航空会社に重くのしかかり、経営悪化で飛行機を飛ばすことができなくなるとしたら、本末転倒です。もし、その状況でセキュリティコストを削って安全面の配慮が欠けるような状況になれば、旅客はますます離れていきます。

プライバシーよりセキュリティ、サービスよりセキュリティという保安重視の意識は、米国同時多発テロ直後には多くの人々と共有されていました。航空機がビルに激突していく映像を目の当たりにした誰もが、最優先事項は安全であると考え、厳しい保安検査に文句を言うことなく、旅客はみな協力的に列へ並び、保安検査員の指示に従っていました。

しかし、年月を経ていくと、航空保安をいつまでも第一に置いておくことが難しくなってきます。今年は2017年、同時多発テロから16年が経過しました。決して風化させてはいけないと感じつつも、テロ発生直後に受けた衝撃や詳細な記憶は年月とともに失われていくものです。

誰もが安全第一とは理解しつつも、面倒な保安検査や時間のかかる入国審査の影響で、人々の航空機離れが進むかもしれません。鉄道網が発達している欧州では、常に高速鉄道と航空機の間で旅客の奪い合いが発生しており、セキュリティ面だけではなくサービス面の充実も考えていかなければならなくなりました。

来月は、サービスとのバランスを鑑みたセキュリティ体制を進めているEUについてお話しします。ご意見・ご感想をお待ちしております。

(編集部注:文中、年号表記が「2011年」とありましたが「2001年」の誤りでした。お詫びし、修正いたします)

(了)