2017/01/17
誌面情報 vol47
Q5.民間企業に限らず、オーラルヒストリーから何が見えてきましたか。
集められたオーラルヒストリーは、ある意味、体系化されたデータに過ぎません。そこから何を抽出するかは人によってさまざまで、読み手に委ねられます。私はこのオーラルヒストリーをもとに多くの論文を発表しました。今日、災害について考える枠組みのほとんどはこの経験がベースになっています。
1996年9月に兵庫県西宮市プロジェクトからはじまり、さまざまな意思決定に関わった人たちの中央区プロジェクト、ここには当時の村山富市首相や笹山幸俊神戸市長などが含まれています。
その後に神戸市職員を対象にしたものがスタートしました。消火にあたった長田消防署の消防士や遺体安置所の設営などに関わった灘福祉事務所職員の話などはNHKで放送され『防災の決め手「災害エスノグラフィー」』として出版されています。
しかし、集められたオーラルヒストリーはある意味、体系化されたデータに過ぎません。繰り返しになりますが、そこから何を抽出するかは人よってさまざま。読み手に委ねられます。
Q6.具体的にどのようなインタビュー方式を採られたのでしょうか?
基本的にエスノグラフィーです。ギリシャ語の「エスノ」は自分たち、「グラフィー」は物語を意味します。自分たちがどういう体験をし、何を感じ、何を考えていたのか話してもらう。実際には震災の体験を時系列に沿って話してもらいました。すると芋づる式に記憶がよみがえる。なるべく自発的に話してもらうのが一般的なインタビューと異なる点で、おおよそ1時間から1時間半で話が出尽くし、話が繰り返されたときが終わりの目安です。
その後、背景や疑問に思ったことなどに答えていただくと約3時間のインタビューになります。それを文字に起こし、時系列に沿って整理します。データは劣化のないデジタルデータとして保存してあります。各プロジェクトではビデオカメラで撮影したので話すときの表情やしぐさも残っています。
Q7.記憶は、どうしても忘れられていきます。
阪神・淡路大震災のオーラルヒストリーを10年間もやると、記憶はずいぶん変わると実感します。記憶の理論には強調化と平準化があります。大きく見せたい部分は強調され、整合的で論理的な話に平準化されます。さらに記憶は置き換わります。例えば元首相の村山富市さんは阪神・淡路大震災について鮮明な記憶がほとんどなかった。さまざまな政治的判断をされるなかで記憶は置き換わってしまうのです。
10年経ってお話を伺った元明石市長の岡田進裕さんも2001年に起きた明石歩道橋事故の記憶が強く、阪神・淡路大震災の記憶が薄かった。一方、元伊丹市長の松下勉さんは市長を退任したばかりで、10年後でも記憶は非常に鮮明でした。記憶がその後の人生に左右されるため、どうしても時間的な制約があります。
Q8.今後、オーラルヒストリーをどう生かしていけばいいでしょう?
オーラルヒストリーに限らず、阪神・淡路大震災の記録は膨大に保存されています。貴重な証言ながら、十分に皆さんに見ていただけているとは思いません。しかし、仮に一部の証言や記録だけでも、同じような問題に直面したら自分ならどうするか、シミュレーションをするつもりで、お読みいただければ、気付くことは多いはずです。
人間は学ぶことの70%を体験から学んでいるという報告があります。ならば、何度も地震災害を体験していけば、対応も上手になるでしょう。実際に「習うより慣れろ」ということわざがあるように、繰り返し体験することが上達の秘訣でもあります。しかし、災害対応はめったに経験することができません。直接経験できないならば、疑似的な体験を通して、巨大災害が発生した時にどのようなことが起きるのか、どのような順番で起きるのかそしてどのように展開・推移していくのか、を学ぶしかありません。そのとき、先人たちが残してくれた記録が大いに役に立つはずです。
(了)
誌面情報 vol47の他の記事
- 「阪神・淡路大震災 経営者の証言から読み取るBCMの本質」(巻頭インタビュー 京都大学防災研究所教授(現・防災科学技術研究所理事長)林春男氏)
- Oral History 阪神・淡路大震災 経営者の証言から読み取るBCMの本質 (前編)
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