2021/07/01
気象予報の観点から見た防災のポイント
水俣土石流災害―7月の気象災害―
先行降雨
水俣で豪雨が始まったのは20日の0時過ぎだが、19日の日中にも降雨があったことが図4から読みとれる。雨水は地面にしみ込み、地中にしばらく滞留するので、こうした先行降雨はその後の大雨に下駄を履かせることになる。特に土砂災害に関しては、先行降雨の後に「とどめの集中豪雨」が襲ってくるタイプが怖い。
図7に、水俣市宝川内地区における土壌雨量指数の推移を示す。土壌雨量指数とは、地中にたまっている雨水量を指数化したもので、降雨による土砂災害発生の危険度を把握するために気象庁が開発した。図7によると、水俣市宝川内地区における土壌雨量指数は、7月19日0時現在で20程度の値を示していたが、19日日中の降雨により50程度にまで上昇した。これが、「下駄を履かせる」の意味である。宝川内地区で土石流が発生したとされる20日4時20分頃の指数値は220程度であり、その後、6時に250程度まで上昇してピークを迎えている。この推移から見て、19日日中の先行降雨がなければ土石流が発生しなかったかどうかは微妙であるが、この先行降雨が土石流の発生危険度をより高めたことは間違いなく、土石流の発生時刻も早まったと考えられる。

おわりに
水俣豪雨から18年が過ぎた現在でも、集中豪雨の事前予測は難しい。だから、「記録的短時間大雨情報」、「顕著な大雨に関する情報」といった、顕著な実況が観測されたことを速報する情報が必要とされる。
集中豪雨は深夜から明け方にかけて発生するものが多い。これは、夜間の放射冷却により対流雲の上面が冷え、雲の中の成層がより不安定化して積乱雲が一層発達するためと説明されている。水俣豪雨は、人々が通常寝ている時間帯に発生しており、文字通り「寝耳に水」の典型的な集中豪雨であった。
水俣豪雨の発生当時、筆者は気象庁本庁で防災気象官の職にあった。集中豪雨がどんな降り方をしたかは気象データから把握できたが、遠く離れた現地で起こった災害の実態を、臨場感をもって理解することは難しかった。
筆者が水俣市宝川内地区の災害現場を訪れたのは、災害から7カ月後の2004(平成16)年2月下旬である。災害現場を実体験してみたいという思いがあった。土石流の痕は生々しく、巨岩がいくつも転がっていた(図8左)。災害復旧工事が行われており、重機の音が響いていた。

道端に置かれたテーブルの上に線香と供物が並べられていたのが痛々しかった(図8中央)。土石流の発生時刻は午前4時20分ごろとされるが、そこにあった時計は、なぜか4時37分を指していた。現在では、現場に慰霊碑が建立されていると聞く。
災害現場のすぐ近くで、沢をまたぐように建てられている住戸を見た(図8右)。こんな危険な場所に人が住んでいるという事実に驚くとともに、ここに住む人は災害に遭うことを承知の上なのかしらと思った。土砂災害に関する限り、危険な場所には住まないことが最良の対策である。その上で、土砂災害警戒情報のような防災情報を賢く利用して、災害から身を守る行動が必要である。
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