リソースベースで計画策定
同社のBCPは、地震や火災、新型インフルエンザなど、災害の事象別に対応計画を考えるのではなく、自社の建物や設備、IT・情報システム、人的資源など、優先業務に影響を及ぼすリソースが使えなくなることを想定した内容になっている。建物なら代替拠点の確保、設備なら早期の代替品の確保、システムならデータセンターの二重化などにより、いかなる事象でも柔軟に対応できる。「危機管理に関する文書体系が一元化できるうえ、想定外のリスクや、想定外の罹災度合いになることも防げる」(幡谷氏)。また、BCPの上位概念としてリスクマネジメント規程を整え、自然災害をはじめ、さまざまなリスクについても、発生前と発生後の手順を定めたマニュアルを整備した。

「事象が発生する前は何をしておくべきなのか、起きてからは何をすればいいのかが一目でわかるようにした」と幡谷氏は説明する。

30年間改善してきた災害対応
同社が災害時の対応について本格的な検討を開始したのが1982年に発生した長崎の大水害だ。トラックを使って救援物資を被災地へ運んだが「主要な道路が寸断されていて渋滞して動けない」「全国から到着する膨大な救援物資を迅速に仕分け処理しなければならない」「必要な物資を必要な分だけ被災者へ届けなければならない」などの課題に直面した。これらの課題を教訓に、災害対応の改善に取り組んだ結果、1995年の阪神・淡路大震災では、多くの困難を克服することができたという。

道路交通網の多くが寸断したが、震災翌日には、滋賀県の琵琶湖近くにある保養所の運動場に全国から集まる物資を集積し、そこからヘリコプターに積み替えて神戸に運び、さらにそこから現地の車両に荷物を移して避難所に送り届けた。がれきで通れない道は、台車で運ぶなど人力で届けた。 

長崎の大水害で2つ目の課題であった、全国から到着する膨大な物資の仕分けについては、神戸の営業所が液状化により使用不可となったことから新幹線の新神戸駅ターミナル下を代替拠点にして神戸市内への救援物資輸送の対応にあたった。膨大な物量を仕分けるためには、荷物の積み降ろし場が設置できる屋根つきの広いスペースが必要となり、搬入・搬出の車両動線も考慮しなくてはならない。新神戸駅はこうした条件をすべて満たしていた。その後も、代替拠点を拡大させるとともに、仕分け作業を効率化させた。「災害時のデリバリー事業において代替拠点の早期確保は最も重要」と幡谷氏は説く。