改正会社法が本年2021年3月より施行され、社外取締役の選任が義務化されたのと同時に、監査役会設置会社の場合、監査役の人数は3人以上、かつその過半数が社外監査役でなければならなくなりました。一方、中小企業においては、取締役会を設置していない場合、あるいは取締役会を設置し会計参与を置いている場合には、監査役の設置が義務ではなくなりましたが、監査役の果たす役割は、健全な企業経営においては極めて重要なものです。今回は、監査役や取締役会が機能するためには何が必要かを具体的な事例を通じて解説していきます。また、公益通報者保護法による内部通報制度についても、どのように運用すれば効果的かを掘り下げてみたいと思います。


■事例 取締役が請求を繰り返していた

A社は従業員数およそ3000名の、全国に拠点を持ちサービスを提供している情報通信会社です。

2006年に施行された会社法で、経営者は「不正行為」「法令・定款違反」「著しく不要な行為」「著しい損害のおそれ」が発生しないように適切な内部統制システムを構築する責任を負うことになりました。A社社長はその重要性を認識し、経営の透明性とコーポレートガバナンスの体制構築に積極的に取り組んでいます。社長が会社法の専門家である大学教授と公認会計士を非常勤の監査役に任命したのもその意図からでした。社員にはコンプライアンスを遵守することと、無駄な経費を削減することを厳命しています。

あるとき、A社の内部通報ホットライン(窓口は社外監査役である公認会計士)あてに、ある社員より「B取締役のタクシー代の異常な高額請求が続いている。その一部は個人的利得のためのカラ請求も含まれていると思われる。これは不適切ではないか?」という内容の通報がありました。A社の幹部は深夜業務に及んだ場合、タクシーでの帰宅が認められています。調査したところ、B取締役はそれを利用したカラ請求を繰り返していました。タクシーの領収書がない請求や、出張期間にもかかわらず深夜タクシーで帰宅しているようなずさんな請求も発見されました。集計すると、多い月で20万円を超える請求がなされていて、しかもそれらは2年半以上も続いており、総額は数百万円に上ることが判明したのでした。

A社の監査役は通報の内容を重視し調査を実施。判明した内容をB取締役本人に説明し、意見を聴収しました。B取締役は「実際にタクシーに支払った金額を請求しており、1円たりとも私的流用はしていない。領収書をもらい忘れたり日付を勘違いした請求もあったが、カラ請求は一切行っておらず非難される理由は無い。取引先との会合等で深夜遠方より帰宅しなければならない場合もあり、請求金額も常識の範囲内である」と述べました。

A社の監査役会は、「全社で経費削減を進めている中で、合理的な説明がつかない」と判断し、取締役会に報告。取締役会で協議の結果、監査役会の判断を是とし、B取締役に対してタクシー代の一部返還を要求しました。指摘を受けたB取締役は「取締役としての権限の範囲内と考えており、何も悪いことはしていないという認識であったが、監査機能を発揮した監査役会と取締役会の決定には従う」としてタクシー代を返還しました。同時に社長より「社員に対してけじめをつけるべき」としてB取締役の解任請求が出され、次回の株主総会において決議を行うことが発表されたのでした。さらに企業の説明責任を果たす意味で、株主・社員・取引先などに対し「B取締役のこれまでの貢献を否定するものではなく、コンプライアンスの重視と経費削減を徹底していくという理由から、社員からの問題指摘を受けて明らかになった課題に対し厳しい対応をしました。今後はコンプライアンス体制の更なる強化と、クリーンな会社を目指して全社員一丸となって努力していく所存です」とのコメントを発表したのです。

■解説 改正会社法のポイント

まず、A社の事例は、監査役会および取締役会が粛々と責務を果たし、結果を透明に開示した良い事例であるといえます。また、社員に対しても、会社のコンプライアンスに対する姿勢を見事に示せた事例といえるでしょう。

改正会社法が本年3月より施行され、社外取締役の選任が義務化されたのと同時に、監査役会設置会社の場合、監査役の人数は3人以上、かつその過半数が社外監査役でなければならなくなりました。一方、中小企業においては(1)取締役会を設置していない場合、(2)取締役会を設置し会計参与を置いている場合、には監査役の設置が義務ではなくなりました。従来の画一的な機関設計(株式会社であれば取締役3名、監査役1名が必須)に比べ、改正会社法では自由な機関設計が可能になりましたが、実効性のある監査役の設置は、適正な会社運営のためにも必要なものです。特に社外監査役は、取締役の職務の執行を「社外の常識」に照らして、企業経営に大きな責任を有する企業の取締役として通常妥当と考えられる範囲を超えているかどうかを判断する役割があります。

監査役は、監査の過程で取締役の職務執行に違法な事実を発見した場合、
・取締役(取締役会設置会社にあっては、取締役会)への報告
・株主総会への報告
・取締役の違法行為の差止請求
・会社の違法行為是正および取締役の違法行為による損害賠償請求のための会社訴訟提起

などの行動をとる必要があり、A社監査役はその職務を全うしたといえます。
また、A取締役会も、監査役会の報告を受け取締役会を開催。その取締役会で、B取締役の弁明を聴取した上で協議を行い、罰則を科すという適切な判断を行ったといえます。

同時にA社では、内部通報制度も非常に有効に機能したといえるでしょう。