おくて台風―11月の気象災害―
11~12月でも台風は上陸し得る

永澤 義嗣
1952年札幌市生まれ。1975年気象大学校卒業。網走地方気象台を皮切りに、札幌管区気象台、気象庁予報部、気象研究所などで勤務。気象庁予報第一班長、札幌管区気象台予報課長、気象庁防災気象官、気象庁主任予報官、旭川地方気象台長、高松地方気象台長などを歴任。2012年気象庁を定年退職。気象予報士(登録番号第296号)。著書に「気象予報と防災―予報官の道」(中公新書2018年)など多数。
2021/11/01
気象予報の観点から見た防災のポイント
永澤 義嗣
1952年札幌市生まれ。1975年気象大学校卒業。網走地方気象台を皮切りに、札幌管区気象台、気象庁予報部、気象研究所などで勤務。気象庁予報第一班長、札幌管区気象台予報課長、気象庁防災気象官、気象庁主任予報官、旭川地方気象台長、高松地方気象台長などを歴任。2012年気象庁を定年退職。気象予報士(登録番号第296号)。著書に「気象予報と防災―予報官の道」(中公新書2018年)など多数。
1990(平成2)年11月30日、台風第28号が和歌山県に上陸した。上陸後、間もなく温帯低気圧に変わったが、影響は28都道府県の広範囲に及び、死者・行方不明者4名、家屋の全半壊162棟などの被害をもたらした。この台風は、気象庁の統計がある1951(昭和26)年以降の台風の中では、上陸日時の最晩記録となっている。台風シーズンをはるかに過ぎたこの時期に上陸する台風の特徴を調べてみる。
図1(左)は、「台風の月別の主な経路」として、気象庁ホームページに載っているものである。「実線は主な経路、破線はそれに準ずる経路」との説明がある。この図は、多くの書物やパンフレットなどに引用されている。読者も、これに類する図を見たことがあるだろう。日本人ならば、台風に関するごく一般的な知識として、知っている人も多いのではないか。
この図は、誰が、いつ描いたものか、少し調べてみたが、分からなかった。1950年代の文献には、すでに載っている。筆者の小学生時代、親が買ってくれた科学図鑑にも、確かこれに似た図があった。子ども心に、台風というものを理解した。中学生になると、理科の時間に台風のことを学んだ。図1(右)は、当時の教科書に載っていたものである。図の標題は、「台風の平均的な進路」である。台風には、進路を変えるものと変えないものがある、という図になっている。図1の2つの図を比較すると、描かれている線の位置は大体同じだが、11月の進路には相違がある。
図1をどう見るべきか、何を読み取るべきか、さらには、どう描くべきかとなると、決して易しい話ではない。そもそも千差万別の台風経路を、各月1本か2本の線で代表させているのだから、乱暴な話だ。こんなのインチキだ、と言われても仕方がない。そうした批判はあってもなお、汲み取るべき内容があるからこそ、この図は社会に受け入れられているのかもしれない。
この種の概念図で重要なことは、「本質的な情報は何か」である。概念図は、いわばマンガのようなもので、本質的で重要な情報を強調し、そうでない情報を大胆に切り捨てて描く。そのように描かれた図は、物事の本質を突いた優れた説明図として用いられ、そうでない図は見る者を誤解と混乱に陥れる。
図1を見るとき、何に着目すべきだろうか。一般に台風は、太平洋高気圧を右に見ながら、高気圧の縁に沿って進む。つまり、図1に描かれた台風の経路は、太平洋高気圧の勢力範囲を概念的に表していることになる。図1のように7月より8月の経路を東に描くのが適切かどうかは、何とも言えない。図1に描かれた7月の台風経路は、主に梅雨明け後の台風を想定しているように見える。9月の台風経路を本州の真上に描いているのは、この時期が秋の長雨シーズンにあたり、秋雨前線が本州付近にあることと符合している。秋雨前線は、太平洋高気圧の北側の縁にできる。10月、11月の台風経路は、太平洋高気圧の勢力範囲の後退を表している。
通常、台風は低緯度の海上を西寄りに進みながら次第に北上するが、ある緯度まで北上すると、西進成分がなくなって東進成分を持ち始める。この、西進から東進に切り替わることを転向といい、その位置を転向点という。転向点がどこにあるかは重要である。なぜなら、転向点は、台風が転向するかしないかの分岐点だからである。図1では、台風には転向するものとしないものがあるように見えるかもしれないが、本質はそうではない。転向しないで西進を続けるものは、台風が転向点の緯度にまで北上しなかったに過ぎない。
転向点の位置(特に、その緯度)が、月によってどのように変わるかに着目して図1(左)を見ると、6月は北緯22度くらいだが、夏には北上して、7月と8月の転向点は北緯30度付近になっている。9月には少し南下して北緯28度くらいになり、10月には北緯23度付近、11月には北緯20度付近に転向点が描かれている。
台風の転向点は、太平洋高気圧の勢力が最も西へ張り出した部分にあたり、台風にとっては、そこが峠道にあたる。峠の頂上である転向点にさしかかった台風は、スピードを落とし、一時的にほとんど停滞することもある。峠を乗り越えて転向すると、次第にスピードを上げる。
図1でみると、11月の台風は日本列島に近づかないかのように見える。しかし、実際には必ずしもそうではない。図2は、1951年以降の11月に発生したすべての台風の経路を、地図上に重ね書きしたものである。11月でも南西諸島や伊豆諸島に近づく台風はあり、小笠原諸島は台風の通り道になっている。日本の四大島(本州・北海道・九州・四国)の陸地に達し、気象庁の定義する上陸台風となったのは、和歌山県に上陸した1990年の台風第28号が、11月としては唯一のものである。
図2は11月の台風の全体像を表している。図2を見れば、11月の台風は北緯20度付近で転向していることがよく分かる。逆に言えば、11月の台風は、北緯20度以南ではおおむね西進するということだ。図1(左)において、各月の代表的な経路がどのようにして決定されたのかは明らかでないが、11月の転向点が北緯20度付近に描かれているのは正解と言える。一方、図1(右)に描かれた11月の台風経路は、転向点の緯度に関して問題がある。
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