情報収集体制の確立とそれに基づく的確な判断

市の広報車が津波来襲を直接伝達していたことが、学校側において具体的危険を認知できた唯一の情報源であったとする第一審判決の認定事実を教訓とするものである。危機管理マニュアルの有無にかかわらず、命を守ることを最優先に考えたとき、災害後に情報を収集できる最低限の準備を行い、現場がそれを現実に使えることが必要である。

同様に、宮城県山元町の自動車学校に通う子供たちが犠牲となった訴訟の第一審判決(仙台地方裁判所2015年1月13日判決)も消防ポンプ車の広報が、会社が具体的危険を察知しうる唯一情報源であったとしている。

宮城県女川町の銀行支店長や職員らが犠牲となった訴訟の判決(仙台地方裁判所2014年2月25日判決)では、銀行職員らが地震のあった時点で支店長不在であったが、大津波警報の認識、海の見張り、ラジオ放送の視聴、ワンセグ放送の視聴などを開始しており、情報収集義務違反はないとしている点が参考になる。

正しい情報をできる限り円滑に入手することは、地震津波だけではなく、大規模火災や水害についてももちろんのこと、従業員の一斉帰宅抑制や帰宅困難者受け入れを実施する組織の災害後の対応においても、組織が判断を誤らないための前提となるだろう。

組織図の見直しによる権限委譲と危機対応訓練

地震発生当日、学校長を含む2名の教職員は不在だった。大川小学校事故検証委員会の報告書によれば、責任者として本来リーダーシップを発揮するはずの学校長の不在が、情報収集・判断が十全ではなかったことに影響したとされている。

トップ不在など重要な意思決定に関わる人材が不足している場合でも、残された者がその立場や肩書に応じた最低限の危機管理対応を実行しなければならないという自覚を持たせる必要がある。

そのためには、事前の危機管理対応マニュアルに、トップや担当者が不在や行動不能である場合の自動的な権限委譲のルールを定め、残された者がその立場を認識できるように、組織として周知しておく必要があるだろう。災害時になって現場だけに咄嗟の判断を求めるのはあまりに酷ではないか。事前のルールがあり、それらが周知されてこそ咄嗟の行動を助けることになるはずだ。

そうすると、控訴審判決が学校組織上の「安全確保義務」の内容として、「危機管理マニュアルを作成し、教職員に周知するとともに、マニュアルに従った訓練の実施その他の危機等発生時において教職員が円滑かつ的確な対応ができるように必要な措置を講ずべき義務」を指摘したことにも納得がいく。

この点、地震や水害の被災経験のある市町村長らによる提言「災害時にトップがなすべきこと」でも、トップ不在時の代行権限を明確にすべきことを指摘しているので参照に値する。

組織の事前対策・人への投資

以上をふまえると、第一審判決において現場の情報収集とその情報に基づく対応(避難誘導)の注意義務違反が指摘されている場合を教訓にしたとしても、控訴審において学校組織上の注意義務違反が認定されている場合を教訓にしたとしても、組織としては、①自動的な権限委譲を定めた危機管理マニュアルの作成・周知②トップや担当者が不在の前提での情報発信・連絡・相談の模擬訓練の実施(例えば、担当者とされていない者も担当者と同様に本部での情報収集・取次の模擬訓練を担う)を、事前の取り組みとして実施しておく以外に、有効な途はないのではないだろうか。

危機管理マニュアルがなく、それに基づいた教育研修や避難訓練・情報伝達訓練もないなかで、災害後の現場の臨機応変な対応を求めることはあまりにリスクが大きい。

第二次避難(校庭)から第三次避難へ行動を移すのに、35分間かかったのは、危機管理ニュアルが整備されていないからこそであったと、控訴審判決は指摘している。現場の判断力を引き上げるためには、やはり組織的な訓練やマニュアルの周知による対応で臨むしかないと考える。

筆者はかつて民間企業の緊急時対応チーム(ERT)模擬訓練を受けたことがあったが、役割が決められたシナリオにもかかわらず、積極的なアイディアの提供には躊躇(ちゅうちょ)してしまったし、無線ひとつとってもほとんど使えず仕舞いであったことは苦い経験となっている。

先述の山元町の自動車学校では、地震発生当時に代表者が不在であり、現場の役職員が災害後に収集していたはずの情報を組織内で円滑に共有できていなかったことが避難誘導を誤った一因であると評価されているところである。

企業の安全配慮義務・内部統制システム構築の視点に

大川小学校津波訴訟判決では、学校保健安全法に基づく教職員らの作為義務としての「安全確保義務」を明確にしてその懈怠について論じている。

これは、ある法律関係に基づいて特別な社会的接触関係に入った当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務として一般的に認められる「安全配慮義務」とは異なる(控訴審もそのように指摘している)。

とはいえ、判決で示された前掲の表の指摘に加え、①津波ハザードマップによる浸水区域外であるからといってそれが安全を意味せず、対策の不要を意味するわけではないことを明確にしている点、②学校における教職員らの安全確保義務を遺漏なく履行するため要求される知見・経験は地域住民の平均的な知見より遥かに高いレベルでなければならないとの指摘、などは個別の検討結果次第では、災害時に万一のことがあった場合、当該企業や行政機関の従業者や顧客との関係性で、安全配慮義務違反を問われる要素(裏を返せば従業者や顧客の生命・身体の安全を守るヒント)になると心得ておかなければならない。

特に、株式会社では、取締役による内部統制システム構築義務のひとつとして「損失の危険の管理に関する規程その他の体制」(会社法施行規則100条1項②、会社法362条4項⑥)が明記されている。これには事業継続計画(BCP)の在り方を含むと考えてよいだろう。事業継続計画の整備の有無が、取締役等の善管注意義務の履行の是非を判断する要素となり得ることは留意しておきたい。

おわりに

東日本大震災から4か月目に初めて大川小学校の現場を訪れた。悲劇を知ってあの場に立てば涙を流さずにはいられなかった。入り組んだ地形の河口付近や河川敷。川沿いの壊滅した住宅街のがれきが地域全体の被害を物語っていたが、あの場所の風景から直ちに「津波」連想することは、土地に不慣れな筆者には困難かもしれないと考えた。

現場の個々の情報収集能力や判断だけに依拠しない、組織的な避難方針と、それを実行しうる最小限の訓練がなされていなければ、咄嗟(とっさ)の行動には限界があることを実感せざるを得なかった。

今回の裁判例が、従来に比べ相当踏み込んで組織に厳しい対応を迫るものであることは間違いないが、教訓を未来につなげる努力を継続するしかない。

控訴審判決を受けて、宮城県と石巻市は組織の事前防災の過失認定を不服として最高裁判所へ上告した。筆者としても更なる検討と過去の自然災害事例の検証を実施していきたい。

(参考文献)
1)中野明安「七十七銀行判決(2014年2月25日仙台地裁)の意義」(リスク対策com Vol42 p6-p10 2014年3月)
2)大川小学校事故検証委員会「大川小学校事故検証報告書」(2014年2月)
3)岡本正「常磐山元自動車学校津波訴訟第一審判決から考える 企業のリスク・マネジメント 防災人材育成支援の充実を[仙台地方裁判所2015.1.13判決]」(リスク対策.com Vol48 p64-66 2015年3月)
4)災害時にトップがなすべきこと協働策定会議「被災地からおくるメッセージ 災害時にトップがなすべきこと」(2017年4月)
5)関東弁護士会連合会「平成29年度 関東弁護士会連合会シンポジウム 将来の災害に備える平時の災害対策の重要性」小冊子「事業継続に求められる企業の安全配慮義務と安全対策」(2017年9月29日)
6)岡本正「企業の安全配慮義務と事業継続計画~BCPの本質と『生活再建情報の知識の備え』による人づくり~」(RMFOCUS vol.64  p25-29 2018年1月)
7)岡本正『災害復興法学の体系:リーガル・ニーズと復興政策の軌跡』(勁草書房 2018年2月)

(了)