優秀なプレイヤー=優秀なマネジャーとは限らない

「人間には〝意思〟や〝気持ち〟で抗いきれない行動原理がある」というのが、行動科学に基づいた「組織行動セーフティマネジメント」(BBS=Behavior Based Safety)の根本的な考え方です。したがって、ビジネスの現場における安全に関するマネジメントも、この行動原理の存在を理解し、マネジメントの対象となるスタッフの行動を上手にコントロールすることが肝になります。

しかし現実的には、マネジャーの立場にある多くの人が、相手の行動ではなく、内面、すなわち心構えや考え方、意識といったものを変えようとしてしまう傾向にあります。今回はビジネスの現場でよく見られる「望ましくないマネジメント」についてお話しさせていただきます。

「気を引き締めて作業に集中するように」「安全意識を徹底する」「個人情報の取扱いには細心の注意を払うように」……前回もお話ししたように、こうした具体的な行動を指し示さない〝スローガン言葉〟は、職場で乱用されています。「(マネジャーが)具体的な言葉を遣わない」ということこそ、望ましくないセーフティマネジメントの代表例といえるでしょう。

そもそも日本のビジネス界では、長年現場で勤め上げてきたベテランや、プレイヤーとして優秀なハイパフォーマーがそのまま〝昇進〟として管理職に就くケースが多いものです。

安全は現場マネジャーによるところが大きい(イメージ:写真AC)

しかし、こうした人材が「具体的な言葉を遣える言語化能力」に長けているかというと、そうとは限りません。実は長年培ってきたスキルの持ち主、優秀なプレイヤーほど、ハイパフォーマンスの仕事を「暗黙知」のうちに行っている場合が多いのです。「集中していれば、ミスなど起きない」「注意深く仕事をしているだけ」など、自分がハイパフォーマーである理由に関しては無自覚なのです。

つまり、プレイヤーとして優秀であることと、マネジャーの資質である「言語化能力がある」ことは、全く別の話だということです。「いちいち言わなくても(言語化しなくても)わかるはず。自分はそうしてきたから」……マネジャーのこうした思い込みが、現場にミスを生み出してしまうこともあるわけです。

「書類の提出」という古い慣習

日本の会社、特に大企業や歴史のある会社は「これまで行ってきたやり方」に固執し、それを変えてしまうことに躊躇する傾向が強いでしょう。先人の培ってきたものを大切にする、といえば聞こえはいいですが、悪く言えば「決められているルールをわざわざ変えようとすることに労力を費やしたくない」ということかもしれません。

古い慣習をそのまま引き継いでいる例に、数々の「書類の提出」があります。安全管理でいえばいわゆる「始末書」や「再発防止策」の類いですね。これらの書類は、残念ながら形骸化し、「提出すること」自体が目的となっている場合が多く、ミスの減少や事故の再発防止に役立つかといえば、その効果はあまり期待できるものではありません。

なぜか? マネジャーにとって「スタッフに書類を提出させること」は、単に数々の業務のうちのひとつであり、書類が提出された時点でその業務は終了、その先の具体的な再発防止策の施策までは進まないことがほとんどだからです。スタッフの立場としても、提出書類の結論は「以後気を付けます」「安全意識を徹底します」など、曖昧な言葉になりがち。書類提出がその後の具体的な行動に結びついてはいないのです。

「書類の提出があればそれで事は終了」という、こうした古い慣習がビジネスの現場に定着してしまっていることも、マネジメント全般の大きな問題といえるでしょう。