~2011 NCTC Report on Terrorismを参考に~

 

Crisis Manager(日本安全保障・危機管理学会認定) 和田 大樹

1.今日の日本

日本は戦後、その高度な科学技術と経済力を武器に成長を遂げてきた。しかし今日の日本は政治の劣化、政治への無関心、日米同盟の漂流、領土問題、急速な少子高齢化、生活保護者の増大や経済の中国依存など多くの諸問題(懸念材料)を抱えており、今後の日本の在り方について明るいビジョンを描ける日本人は少ないのではないだろうか。そのような中でも国際社会は流動的に変化し、停滞する日本に再生のために十分な準備期間を与えてはくれない。高度な科学技術と経済力が日本の戦略的な武器である以上、今後もその動向が日本の将来の行方を左右すると言っても過言ではない。

しかし今年の尖閣国有化の出来事に端を発した日中関係の悪化をみれば分かるように、政治的リスクは、経済アクターに直接的な被害を与える形で表面化する場合が多い。当然政治的なリスクには戦争や内戦、テロ、外交対立など多くのタイプがあり、その規模にも程度差があるが、このグローバル化した国際社会においてはいつ、どこで、何が起こっても不思議ではなく、9.11同時多発テロやリーマンショックのように一国で発生した出来事が一瞬のうちに国際社会へ大きな影響を及ぼすこともある。

ここでは政治的なリスクの中でも特に深刻である世界的なテロ情勢について、米政府機関発行のテロ報告書をもとに論じるとする。

2.米国NCTC報告書2011によるテロ動向

今年も米国の国家テロ対策センター(National Counterterrorism Center)より、2011年の世界的なテロ情勢に関する報告書、”2011 NCTC Report on Terrorism”が発表された。報告書によれば、2011年に世界中で発生したテロ事件は依然として10000件を超え、被害者数も70カ国約45000人で、12500人以上もの人々がテロにより命を落としている。2011年の事件数は、2010年に比べ12%減少しているが、被害者数やテロ発生国・地域の範囲などの観点からは大きな変化は見られない。そして2011年のテロ事件の4分の3近くは南アジアと中近東で発生しており、最近ではアフリカでの事件数が特に増加傾向にある。2011年アフリカで発生したテロ事件数は978件で、2010年に比べ11.5%増加しており、それはナイジェリア北部を拠点とするイスラム過激派の活発化によるものと分析されている。近年ナイジェリア当局やキリスト教会などを標的としたテロ事件が頻繁に発生し、2010年の31件に比べ、昨年は136件となっている。またテロ事件による死亡者数が多い国家のトップ3は依然としてアフガニスタン、イラク、パキスタンとされているが、第4位にソマリア、第5位にナイジェリアがランクインしていることもアフリカのテロ情勢が悪化していることが分かる(図)。  

他方ロシアでは2011年の事件数が238件で、2010年の396件に比べ大幅に減少している反面、トルコでは2010年の40件から倍増し、2011年には91件となっている。そして依然として東南アジアではフィリピンやタイにおけるテロ事件が多く発生している。

南アジアと中近東においては、テロ事件数が7721件、死亡者数が9236人と他の地域を圧倒するものとなっている。そして上記のとおりアフガニスタン、イラク、パキスタンが世界のトップ3であり、その3カ国の合計は2011年世界で発生した全テロ事件数のおよそ64%を占めている。

次にテロ事件の背後にあるテロ組織・グループ等の分析において、この報告書からは以下の事が書かれている。2011年発生した全テロ事件の約56%(死亡者数の70%)、およそ5700件はイスラム教スンニ派グループによるものとされている。そしてイスラム教スンニ派グループの中で、アルカイダ関連(パキスタンやイラク、イエメン、ソマリアなど)によるテロは、少なくとも688件発生し、約2000人が犠牲になったとされている。またアフガンやパキスタンにおいては、タリバンによるテロも約800件発生し、1900人程度が犠牲になったとみられる(図)。

以上のように今日でも世界中でテロ事件が発生している。報告書の統計より、依然としてテロ事件は南アジアや中近東に集中し、今日アフリカ地域で増加傾向にある。またその地域で発生するテロ事件は自爆テロや車爆弾テロが多く、“暴力性”が非常に強いのが特徴である。そして日系企業の進出も著しい東南アジアにおいては、タイ南部やフィリピンでテロ事件が多く発生するが、死傷者数が少ないことから、上記地域と比べれば“暴力性”が弱い。さらに近年政治的な開放路線に舵を取ったミャンマーに日本経済界の注目が集まるが、ミャンマーは多民族国家であり、今日イスラム系少数民族であるロヒンギャ族との衝突が深刻化している。国際的なテロ専門家の間では、その影響によりミャンマーで宗教対立が高まり、テロ事件が発生することを懸念する声も聞かれる。

今後も日本経済界を中心に外国への進出を目指す動きが継続するであろうが、危機管理の視点からこのような政治的リスクにも十分な配慮を示した経営戦略というものが必要である。

米国NCTC報告書2011
http://www.nctc.gov/docs/2011_NCTC_Annual_Report_Final.pdf

【報告者紹介】

和田 大樹(わだ だいじゅ)
1982年4月15日生まれ、中央大学法学部法律学科卒、同大学大学院公共政策研究科修了
専門は国際関係論や国際政治学、外交・安全保障政策、国際危機管理論で、現在は清和大学法学部非常勤講師、岐阜女子大学南アジア研究センター特別研究員、海洋政策研究財団特任研究員、日本安全保障・危機管理学会研究員等を兼任。現在はジハーディズムや海洋安全保障問題を中心に研究し、外国の研究機関や学会誌をはじめ、新聞、論壇誌、企業専門誌、警察・公安誌などに論文や解説を発表している。発表論文に、“Perspectives on the Al-Qaeda”(CTTA March.2011, ICPVTR,南洋工科大学)、“各地に拡がるアルカイダ系統の脅威(上)(中)(下)”(インテリジェンスレポート、それぞれ2012年 11月号第50号、2012年12月号第51号、2013年1月号第52号 株:インテリジェンスクリエイト)など32本、解説など25本。学会発表に、“アフリカにおけるアルカイダ系組織の最新情報”日本防衛学会 平成24年度秋期研究大会 11月23日 防衛大学校