2023/11/06
事例から学ぶ
大手ビールメーカーのサッポロビール(東京都渋谷区、野瀬裕之社長)は、 関東大震災で甚大な被害を受けた企業の1つ。 同社では当時の具体的被害や社長メッセージを従業員に伝えるなど、 歴史を切り口に防災へのはたらきかけを工夫。 危機意識を高める機会として被災から100年の節目を最大限に生かしている。
サッポロビール
東京都
❶ 関東大震災の一般的な被害だけではなく、自社の歴史も振り返る
・ 自社の関連情報も提供し、従業員が災害を近く感じられるように。
❷ 災害時の徒歩帰宅に備え、訓練を実施
・ 具体的な日の出から日没までの時間や都市までの距離を伝え、帰宅抑制も考えるきっかけに活用。
❸ 従業員が危機意識を確認する機会を増やす
・ さまざまな方法を駆使し、災害を自分事にできるよう工夫する。

『職員、従業員諸君に告ぐ』
関東大震災発生から100年目の今年、さまざまなメディアで当時の被害、教訓が取り上げられている。「それでも、従業員の防災意識やBCPの認識が高まったかというと自信がありません。災害に備え、危機感を持ち続けるのは難しい」とサッポロビール総務部の入澤英雄氏は話す。
そこで活用しているのが、同社の歴史だ。サッポロビールの前身である大日本麦酒は関東大震災で甚大な被害を受けた。ビールを製造していた隅田川沿いの吾妻橋工場は焼失し、1人が亡くなった。現在の横浜市で清涼飲料事業を担っていた保土ケ谷工場では大半の建物が崩落し14 人が命を落とした。比較的被害が軽かった恵比寿の目黒工場でも4本の煙突のうち1本が折れた。
同社によると、被害総額は当時の金額で436万9000円だったという。過去の資料を調べていた入澤氏が発掘したのが、当時の社長で「東洋のビール王」と呼ばれた馬越恭平氏のメッセージだ。地震から間もない9月20日に発行された『職員、従業員諸君に告ぐ』という20ページの小冊子だった。
入澤氏は「従業員は関東大震災のとき社内で15名が亡くなったことを知らない。慰霊するモニュメントもありません。冊子には犠牲になった人の名前が記されています。数えで80歳の馬越は、家も焼かれたが社内に寝泊まりして陣頭指揮を執った。思いがこもったこの冊子を何かの機会に紹介したいと思っていた」と語る。
自社の歴史を活用
同社はイントラネットで「関東大震災100年」の特集を組み、9月1日に公開。『職員、従業員諸君に告ぐ』をトップに据え、全20ページを社内で閲覧できるようにした。入澤氏は「自然災害に対する備えの重要性や復興への意欲と努力の必要性、災害を契機に事業改革を進める視点、自分の役割に徹するという職業倫理、組織の繁栄と発展のための結束力を馬越は説いている」と語る。

『職員、従業員諸君に告ぐ』の後には、関東大震災での同社の被害全容を振り返るとともに、阪神・淡路大震災や東日本大震災の被害を並べて表示。「例えば、関東大震災は相模トラフを震源とする海溝型地震で、直下型地震ではありません。都内の火災がクローズアップされていますが、揺れによる家屋の倒壊や崖崩れも起こり、津波の襲来もあった複合地震です。推定されている震度6強以上の地域も神奈川県から千葉県まで広がっていました」と入澤氏は話す。
イントラネットでは首都直下地震の被害想定も図や表にまとめ、出典元のリンクを設定。閲覧者が詳細な情報にアクセスできるようにしている。身近に起こる被害を確認できるように表示。首都直下型地震が発生したときの具体的な行動なども掲示した。
事例から学ぶの他の記事
おすすめ記事
-
入居ビルの耐震性から考える初動対策退避場所への移動を踏まえたマニュアル作成
押入れ産業は、「大地震時の初動マニュアル」を完成させた。リスクの把握からスタートし、現実的かつ実践的な災害対策を模索。ビルの耐震性を踏まえて2つの避難パターンを盛り込んだ。防災備蓄品を整備し、各種訓練を実施。社内説明会を繰り返し開催し、防災意識の向上に取り組むなど着実な進展をみせている。
2025/06/13
-
「保険」の枠を超え災害対応の高度化をけん引
東京海上グループが掲げる「防災・減災ソリューション」を担う事業会社。災害対応のあらゆるフェーズと原因に一気通貫の付加価値を提供するとし、サプライチェーンリスクの可視化など、すでに複数のサービス提供を開始しています。事業スタートの背景、アプローチの特徴や強み、目指すゴールイメージを聞きました。
2025/06/11
-
-
リスク対策.com編集長が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2025/06/10
-
その瞬間、あなたは動けますか? 全社を挙げた防災プロジェクトが始動
遠州鉄道株式会社総務部防災担当課長の吉澤弘典は、全社的なAI活用の模索が進む中で、社員の防災意識をより実践的かつ自分ごととして考えさせるための手段として訓練用のAIプロンプトを考案した。その効果は如何に!
2025/06/10
-
-
緊迫のカシミール軍事衝突の背景と核リスク
4月22日にインド北部のカシミール地方で起こったテロ事件を受け、インドは5月7日にパキスタン領内にあるテロリストの施設を攻撃したと発表した。パキスタン軍は報復として、インド軍の複数の軍事施設などを攻撃。双方の軍事行動は拡大した。なぜ、インドとパキスタンは軍事衝突を起こしたのか。核兵器を保有する両国の衝突で懸念されたのは核リスクの高まりだ。両国に詳しい防衛省防衛研究所の主任研究官である栗田真広氏に聞いた。
2025/06/09
-
危険国で事業展開を可能にするリスク管理
世界各国で石油、化学、発電などのプラント建設を手がける東洋エンジニアリング(千葉市美浜区、細井栄治取締役社長)。グローバルに事業を展開する同社では、従業員の安全を最優先に考え、厳格な安全管理体制を整えている。2021年、過去に従業員を失った経験から設置した海外安全対策室を発展的に解消し、危機管理室を設立。ハード、ソフト対策の両面から従業員を守るため、日夜、注力している。
2025/06/06
-
福祉施設の使命を果たすためのBCPを地域ぐるみで展開災害に強い人づくりが社会を変える
栃木県の社会福祉法人パステルは、利用者約430人の安全確保と福祉避難所としての使命、そして災害後も途切れない雇用責任を果たすため、現在BCP改革を本格的に推進している。グループホームや障害者支援施設、障害児通所支援事業所、さらには桑畑・レストラン・工房・農園などといった多機能型事業所を抱え、地域ぐるみで「働く・暮らす・つながる」を支えてきた同法人にとって、BCPは“災害に強い人づくり”を軸にした次の挑戦となっている。
2025/06/06
-
リスク対策.PROライト会員用ダウンロードページ
リスク対策.PROライト会員はこちらのページから最新号をダウンロードできます。
2025/06/05
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方