内村晩年の写真(筑波大学附属図書館文献より)

後世への最大遺物

私の長い読書遍歴の中から内村鑑三の「後世への最大遺物、デンマルク国の話」(岩波文庫)を取り上げて私見を述べてみたい。学生時代から愛読し影響を受けた日本人の著作に「夏目漱石全集」と「内村鑑三全集」がある。宗教哲学者・文明批評家内村鑑三の著作中でも特に愛読しているもののひとつが「後世への最大遺物、デンマルク国の話」である。文庫本で100ページに過ぎないこの小品を私が愛読するのは、苦難のときの心の支えにして来たことにもよるが、内村の土木技術(または土木技術者)にかける期待がいかに厚かったかも知ることができる。

内村の生涯の知友の中で注目したい土木技師が少なくとも2人いる。東京帝大土木工学科教授・廣井勇(いさみ)と内務省技師・青山士(あきら)である。2人については本連載でも既に取り上げているが、広井は札幌農学校2期の同期生で内村と同時期に洗礼を受けたクリスチャンであり、また青山は内村の唱える無教会主義キリスト教の敬虔(けいけん)な信者で同時に廣井の大学門下生である。

「廣井君ありて明治・大正の日本は清きエンジニアを持ちました」と追悼の辞で称(たた)えた内村が、廣井やその愛弟子(まなでし)青山から土木技術に関する高度な最新知識を教授されていたことは想像に難(かた)くない。

さて「後世への最大遺物」である。1世紀余りも前の講演である。(本書を読むと、厳格そのもののような内村が洗練されたユーモアのセンスを持っていたことがほほえましく思える)。内村は、人生は限られているが、何を後世に残せばいいのか、と問いかける。そしてイギリスの代表的な天文学者ジョン・ハーシェルの20歳代の頃の著名なことばを引用する。「我が愛する友よ、我々が死ぬときには、我々が生まれたときより世の中を少しなりとも良くして往こうではないか」。内村は祖国日本を少しでも良くして、そのための遺物を残して、この世を去ろうではないかと聴講者に呼びかける。

「後世に良きものとして残せるもの」として、内村はまず金銭を上げる。「金を残す者をいやしめる人はやはり金のことにいやしいのだ」として、財産を残してその大半を慈善事業に寄付したアメリカ人富豪の例を挙げている。「金を貯めそれを清きことに用いることは、アメリカを盛大にした大原因」とまで言い切る。プロテスタント的価値観といえよう。では金を貯められない者はどうするか。事業を残して逝くべきと言う。氏は土木事業について語っている。「どういう事業が一番誰にでも分かるかというと土木的の事業です。私は土木学者ではありませんけれども、土木事業を見ることが非常に好きでございます。ひとつの土木事業を残すことは、実に我々にとっても快楽であるし、また永遠の喜びと富とを後世に残すことではないかと思います」とまで言い切っている。

では事業が残せない者はどうするか。思想を残せ、と言う。著述をするか学生を指導するか、即ち広義の文学者になるか、教師の道を選ぶか。氏は思想を深めるには、としてイギリス近代の文学者トマス・カーライルの名句を引用する。「何でもよいから深いところに入れ、深いところにはことごとく音楽がある」。内村は教師像について述べる。「先生になるには学問ができるよりも―学問もなくてはなりませんけれども―学問を青年に伝えることのできる人でなければならない」。

金も残せず、事業もできず、思想家・文学者・教師にもなれない者はどうするか。後世への最大遺物は「勇ましい高尚な生涯」であると結論づける。「もし我々が正義はついに勝つものにして不義はついに負けるものであるということを世間に発表するものであるならば、その通りに我々は実行しなければならない。(中略)。我々に後世に残すものは何もなくとも、我々に後世の人にこれぞというて覚えられるべきものは何もなくとも、あの人はこの世の中に活きている間は真面目なる生涯を送った人であるといわれるだけのことを後世に残したいと思います」。「デンマルク国の話」も土木技術とキリスト教精神の勝利を高らかにうたった敗戦国デンマークの復興物語である。

参考文献:「内村鑑三全集」、拙書「評伝 技師青山士」、同「評伝 技師廣井勇」、筑波大学附属図書館文献など。

(つづく)