東京の大雪――2月の気象災害――
積雪深の歴代1位は1883年の46センチ
永澤 義嗣
1952年札幌市生まれ。1975年気象大学校卒業。網走地方気象台を皮切りに、札幌管区気象台、気象庁予報部、気象研究所などで勤務。気象庁予報第一班長、札幌管区気象台予報課長、気象庁防災気象官、気象庁主任予報官、旭川地方気象台長、高松地方気象台長などを歴任。2012年気象庁を定年退職。気象予報士(登録番号第296号)。著書に「気象予報と防災―予報官の道」(中公新書2018年)など多数。
2024/02/22
気象予報の観点から見た防災のポイント
永澤 義嗣
1952年札幌市生まれ。1975年気象大学校卒業。網走地方気象台を皮切りに、札幌管区気象台、気象庁予報部、気象研究所などで勤務。気象庁予報第一班長、札幌管区気象台予報課長、気象庁防災気象官、気象庁主任予報官、旭川地方気象台長、高松地方気象台長などを歴任。2012年気象庁を定年退職。気象予報士(登録番号第296号)。著書に「気象予報と防災―予報官の道」(中公新書2018年)など多数。
東京では、今冬も大雪警報が発表された(2月5日)。東京はもともと少雪地で、大雪警報が毎年発表されるわけではない。しかし、最近の10年間(2014~2023)でみると、大雪警報が発表されなかったのは3年だけである。大雪警報が複数回発表された年が4回あり、2018年には3回も発表された。こうしてみると、東京は毎年のように大雪のリスクがあると言えるが、それにしては大雪への備えが十分でないようにも思える。
東京の大雪は2月に多い。これは、東京に大雪を降らせる南岸低気圧が2月に現れやすいことに起因している。今回は、東京の過去の大雪事例を観察し、留意すべきポイントを確認する。
気象庁の予報用語で「大雪」とは、大雪注意報基準以上の降雪をいう。大雪注意報の基準は地域によって異なるから、大雪に該当する降雪量も地域によって異なることになる。東京は少雪地であり、わが国の中では、沖縄県を別にすれば、大雪注意報の基準が最も低い地域に含まれる。東京(都心部を指す、以下同じ)では、12時間の降雪の深さが5センチメートルに達すれば、それは大雪に該当する。12時間に5センチメートルといえば、雪国では取るに足りない少量の降雪だが、東京ではそれが大雪となってしまう。
このように、大雪は降雪量で定義され、事例ごとや地点ごとの比較も降雪量に基づいて行われるのだが、実は降雪量を測るのは簡単でない。雪は積もれば自重によって圧縮されて沈み込んでしまうし、風が強ければ飛ばされる一方、吹きだまりもできる。昔は気象官署で、板の上に目盛付きの柱を立てたような「雪板」という器具を用いて1日3回測定していたが、現在では1時間ごとに超音波で測定した積雪深の増分の合計値をもって降雪量としている。しかし、感覚的には、新たに積もった雪の深さを降雪量と考えて差し支えない。
過去の大雪事例を調べる場合にはもう一つの問題がある。それは、昔の降雪量のデータがないことである。東京については、1952年以前の降雪量のデータがない。しかし、最深積雪のデータならば、1875年までさかのぼって利用することができる。東京の大雪は、積雪のない状態から積もり始めることが多いので、たいていは最深積雪の値で代用することができる。以下の解説では、最深積雪の観測値を用いて考察を進めることにする。
表1に、東京における積雪深の歴代順位1~10位の記録を示す。トップ10のうち、6事例が2月に記録されており、1月が3事例、3月が1事例である。
東京の積雪深の極値(歴代1位)は46センチメートルで、これは何と1883(明治16)年2月8日に記録されたものである。1883年といえば、日本で天気図が初めて作られた年にほかならない。現存するわが国最古の天気図は1883年3月1日のものであり、東京で積雪深の極値を記録した2月8日には、天気図がまだ作られていなかった。当時の記録によれば、2月7日に105ミリメートルの降水量が観測されているので、大雪の大半は7日に降ったものとみられる。これほどの降水量をもたらす要因は、関東近海を通過する発達した温帯低気圧(南岸低気圧)以外には考えられない。7日の東京の最高気温は摂氏2.7度、最低気温は摂氏マイナス2.7度で、平均気温が摂氏マイナス0.1度であった。現在の東京では考えられないような低温下での大雪であった。それから141年間、この記録は破られていない。
東京の積雪深の歴代2位は、終戦年、1945(昭和20)年の2月22日に記録された38センチメートルである。当日の天気図を図1(左)に掲げる。当時は気圧の単位として、血圧測定などと同じく、ミリメートル水銀柱(mmHg)が使われていた。八丈島近海に低気圧が描かれているが、中心気圧は752ミリメートル水銀柱(換算すると約1002ヘクトパスカル)で、それほど強い低気圧ではない。この程度の強さの低気圧で歴代2位の積雪深を記録したことに驚きを覚える。北海道の東には高気圧が見られ、東日本に低温の空気を送り込んでいる。当時の記録によれば、この日東京では26.8ミリメートルの降水があり、しかも最高気温が摂氏0.6度、平均気温が摂氏マイナス1.2度となっており、低温下で密度の小さい雪が降り積もったとみられる。
東京の積雪深の歴代3位は、1936(昭和11)年2月23日に記録された36センチメートルである。当日の天気図を図1(中)に掲げる。八丈島近海に中心気圧736ミリメートル水銀柱(換算すると約981ヘクトパスカル)の低気圧があり、東北東へ進んでいる。この低気圧は北東~南西走向の長軸を有するいびつな形をしており、北側の降雪域が広く東北地方まで及んでいることから、中心から北東方向に閉塞前線がのびていたのかもしれない(当時はまだ前線や閉塞の概念が定着していなかった)。北海道東部は高圧部になっている。この日には東京で43ミリメートルの降水があり、最高気温は摂氏1.6度、平均気温は摂氏0.0度であり、明け方から夜遅くまで雪が降り続き、降雪のピークは夕刻であった。そして、翌日には雪が止んだが、3日後の26日には再び南岸低気圧が現れて降雪があり、有名な二・二六事件が起こった。
東京の積雪深の歴代4位は、戦後の1951(昭和26)年2月15日に記録された33センチメートルである。前日21時の天気図を図1(右)に掲げる。戦後は、気圧の単位としてミリバール(mb)が使われるようになった。数値としては、現在使われているヘクトパスカルと同じである。八丈島近海に中心気圧978ミリバールの低気圧が見られ、東北東へ進んでいる。北へ目を転じると、北海道釧路沖に高気圧があり、寒気を東日本に送り込んでいる。東京の大雪の典型的な気圧配置と言える。東京では、14日朝から15日朝にかけてのほぼ一昼夜、雪が降り続いた。総降水量は76.6ミリメートル、降雪のピークは14日深夜から15日明け方にかけてで、降水中は摂氏0度前後の気温で経過した。
図1の3事例については、南岸低気圧と北海道東部の高気圧(または高圧部)という気圧配置に共通点がある。これが、東京で大雪が降るときの基本的な構図である。
筆者が中学生の頃に読んだ気象の入門書の中に、南岸低気圧による東京の大雪に関して、低気圧(の中心)が南岸からどれくらい離れて通過するかに着目した経験則を述べているものがあった。すなわち、①低気圧が八丈島の北を通ると東京では雨、②低気圧が八丈島と鳥島の間を通ると東京では雪、③低気圧が鳥島より南を通ると東京では雨も雪も降らない、というものである(現在でもこのような解説を耳にすることがある)。これを踏まえて図1を見ると、3つの天気図はいずれも八丈島近海に低気圧の中心があり、微妙なところだ。ちなみに、八丈島は北緯33度付近、鳥島は北緯30度付近で、いずれも東経140度線の近くに位置する。
筆者は中学生の頃に上記の解説を読んで以来、寒候期に南岸低気圧が現れるたびにこれを検証してきた。その結果、現在では、上記の解説は正しくないと考えている。上記の経験則に合致しない事例もたくさん見てきた。低気圧のコースですべてが決まるのではなく、低気圧の強さ、南からの暖湿気の入り具合、北海道東部付近の高気圧の強さ、低気圧の北側の寒気の強さなども複雑にからんでくる。東京の大雪は事例ごとに相違があり、各要素の強さや分布が毎回異なる中で、その都度、絶妙な配剤の結果として現れてくる、というのが筆者の結論である。だから、毎回、お決まりの防災対応では通用しない部分が必ずあり、応用問題に取り組む必要がある。
気象予報の観点から見た防災のポイントの他の記事
おすすめ記事
競争と協業が同居するサプライチェーンリスクの適切な分配が全体の成長につながる
予期せぬ事態に備えた、サプライチェーン全体のリスクマネジメントが不可欠となっている。深刻な被害を与えるのは、地震や水害のような自然災害に限ったことではない。パンデミックやサイバー攻撃、そして国際政治の緊張もまた、物流の停滞や原材料不足を引き起こし、サプライチェーンに大きく影響する。名古屋市立大学教授の下野由貴氏によれば、協業によるサプライチェーン全体でのリスク分散が、各企業の成長につながるという。サプライチェーンにおけるリスクマネジメントはどうあるべきかを下野氏に聞いた。
2025/12/04
中澤・木村が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2025/12/02
目指すゴールは防災デフォルトの社会
人口減少や少子高齢化で自治体の防災力が減衰、これを補うノウハウや技術に注目が集まっています。が、ソリューションこそ豊富になるも、実装は遅々として進みません。この課題に向き合うべく、NTT 東日本は今年4月、新たに「防災研究所」を設置しました。目指すゴールは防災を標準化した社会です。
2025/11/21
サプライチェーン強化による代替戦略への挑戦
包装機材や関連システム機器、プラントなどの製造・販売を手掛けるPACRAFT 株式会社(本社:東京、主要工場:山口県岩国市)は、代替生産などの手法により、災害などの有事の際にも主要事業を継続できる体制を構築している。同社が開発・製造するほとんどの製品はオーダーメイド。同一製品を大量生産する工場とは違い、職人が部品を一から組み立てるという同社事業の特徴を生かし、工場が被災した際には、協力会社に生産を一部移すほか、必要な従業員を代替生産拠点に移して、製造を続けられる体制を構築している。
2025/11/20
企業存続のための経済安全保障
世界情勢の変動や地政学リスクの上昇を受け、企業の経済安全保障への関心が急速に高まっている。グローバルな環境での競争優位性を確保するため、重要技術やサプライチェーンの管理が企業存続の鍵となる。各社でリスクマネジメント強化や体制整備が進むが、取り組みは緒に就いたばかり。日本企業はどのように経済安全保障にアプローチすればいいのか。日本企業で初めて、三菱電機に設置された専門部署である経済安全保障統括室の室長を経験し、現在は、電通総研経済安全保障研究センターで副センター長を務める伊藤隆氏に聞いた。
2025/11/17
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方