2018/09/11
東京2020大会のリスク対策

警備体制の構築が最大の課題
では、これらのリスクを踏まえ、実際にどのような対策、準備を実施しているのかを紹介します。組織委員会は、本年3月28日に大会セキュリティガイドラインの概略という文書を公表しました。
簡単に言えば、選手や関係者、観客を含め競技会場に入る全ての人、物、車にはX線や金属探知機を使ったセキュリティチェックを行う。そして会場にはチェックを受けた物、車両しか入らせないようにする。これを担保するために全ての会場を高いフェンスで囲み、これを補完するために会場のいたるところにセキュリティカメラを設置します。我々にとってこれらを設置し、運用するだけではなく、こうした措置が講じられることを入場者一人ひとりに理解していただくことも重要です。もちろん、先進機器をいくら使ったとしても、メガイベントにおいてこうした警備をやろうとすれば、相当数の警備員が必要になります。
大きな課題に挙げられるのは警備体制の構築です。警備体制の効率化を難しくする要因が東京にはたくさんあります。1日に必要な民間警備員は、概算段階でも1万人を超え、世界でまったく例のないレベルになると見込まれています。しかも大会期間が1カ月半あるロングラン警備となります。
近年の大会を悩ましているのが、民間警備員の不足です。ロンドン2012大会では、1万人集めると言っていた大規模警備会社が、実際には4000人しか集められませんでした。リオ2016大会でも警備員不足で約2800人の警察官のOBが急遽動員されました。平昌2018冬季大会のときは、ノロウィルスで開幕前に1200人もの警備員が宿舎待機を余儀なくされ、民間警備員が突然不足する事態になりましたが、事前にプランBとして準備されていた陸軍兵士の緊急動員により、大会運営に大きなダメージはなかったそうです。
14社の警備JV構築
我々はオールジャパンで警備員を確保しようと、本年4月、首都圏の警備会社14社からなる大会警備共同企業体、いわゆるジョイントベンチャーを発足させ、覚書を締結しました。最終的には100を超える企業と協力できるのではと期待しています。
莫大な数の警備員の確保を目指す一方で、高性能カメラや侵入検知センサ等、最新鋭の資機材で会場を守る対策も進めています。カメラ性能の向上で一台のカメラの守備範囲が広くなっていますが、東京2020大会では競技会場が点在しているので、設置されるカメラの台数は史上最多になると思います。
顔認証システムの導入
猛暑の東京では、過去の大会でみられた入場待ちの長蛇の列を避けなくてはなりません。東京2020大会では、来場者のチェックを迅速に行うため、オリンピック・パラリンピック史上初めて、選手を含め、身分証の発給を受ける全ての大会関係者に対し、顔認証システムを導入する予定です。識別は人より早く、間違いがありません。導入費用は決して安くありませんが、顔認証システム導入により人的コストが大きくカットできれば、全体として警備費用のコストカットにもつながると考えています。
昨年の8月、効率的なセキュリティチェックのための実験も行いました。こうした実験は過去のオリンピックでは例がないと思います。暑さ対策に危機感を持つとともに、都市との共存のなかで効率的なセキュリティチェックに努めています。この夏にもう一度実証実験を行う予定です。
避難計画・雑踏警備対策
自然災害の発生やテロの襲撃に備え、避難計画も作成しています。避難経路は障がい者の移動も考慮しなくてはなりません。大会前にスタッフへの訓練も実施の必要があります。
雑踏警備対策としては、多くの人が集まり移動する最寄りの駅から競技場までの道のり、ラストマイル対策を進めています。交差点や横断歩道、歩道橋など雑踏事故の可能性のあるところでの安全な誘導が対策ポイントの1つになります。他にも、例えば選手村に宿泊しない人気のある選手が、人が多く集まる場所に突然現れたときにも、対応しなくてはなりません。事前に情報が入る可能性は低いことも対応を難しくします。
サイバーセキュリティ対策
世界中のハッカーの標的になるのがオリンピック・パラリンピックです。我々はサイバーセキュリティ強化のために、過去大会と異なり、サイバーセキュリティ対策を情報システム部門のみに委ねることはせず、警備局も所管するようにしました。
ハッカーの目的は企業内の内部データや個人情報の取得ではなく、大会運営のシステムへの介入です。リオ2016大会では十分な対策が取られていましたが、大会運用システムではなく比較的対策の手薄な州政府や大会特設サイトが集中的に攻撃を受けたと聞いています。大会運営に直接影響のあるシステムのみならず、関連システムのセキュリティ対策のため、大会スポンサー企業や政府機関、重要インフラ業者等との連携も同時に進める必要があります。
最後に、これまでに話してきた対策一つ一つの確実な実施がレピュテーションリスクの回避につながると考えています。
開催まで2年を切りました。皆様と協力して全力疾走していきたいと思います。
(了)
- keyword
- 東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会
- 岩下剛
東京2020大会のリスク対策の他の記事
- 五輪中のホテル不足、周辺エリアで吸収可能
- 五輪で通勤や物流の混雑対策、企業は必須
- 【講演録】国際的大規模イベントのセキュリティ対策
- りんかい線、コミケの経験五輪に生かす
- 五輪での熱中症をどう防ぐ
おすすめ記事
-
-
入居ビルの耐震性から考える初動対策退避場所への移動を踏まえたマニュアル作成
押入れ産業は、「大地震時の初動マニュアル」を完成させた。リスクの把握からスタートし、現実的かつ実践的な災害対策を模索。ビルの耐震性を踏まえて2つの避難パターンを盛り込んだ。防災備蓄品を整備し、各種訓練を実施。社内説明会を繰り返し開催し、防災意識の向上に取り組むなど着実な進展をみせている。
2025/06/13
-
「保険」の枠を超え災害対応の高度化をけん引
東京海上グループが掲げる「防災・減災ソリューション」を担う事業会社。災害対応のあらゆるフェーズと原因に一気通貫の付加価値を提供するとし、サプライチェーンリスクの可視化など、すでに複数のサービス提供を開始しています。事業スタートの背景、アプローチの特徴や強み、目指すゴールイメージを聞きました。
2025/06/11
-
-
リスク対策.com編集長が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2025/06/10
-
その瞬間、あなたは動けますか? 全社を挙げた防災プロジェクトが始動
遠州鉄道株式会社総務部防災担当課長の吉澤弘典は、全社的なAI活用の模索が進む中で、社員の防災意識をより実践的かつ自分ごととして考えさせるための手段として訓練用のAIプロンプトを考案した。その効果は如何に!
2025/06/10
-
-
緊迫のカシミール軍事衝突の背景と核リスク
4月22日にインド北部のカシミール地方で起こったテロ事件を受け、インドは5月7日にパキスタン領内にあるテロリストの施設を攻撃したと発表した。パキスタン軍は報復として、インド軍の複数の軍事施設などを攻撃。双方の軍事行動は拡大した。なぜ、インドとパキスタンは軍事衝突を起こしたのか。核兵器を保有する両国の衝突で懸念されたのは核リスクの高まりだ。両国に詳しい防衛省防衛研究所の主任研究官である栗田真広氏に聞いた。
2025/06/09
-
危険国で事業展開を可能にするリスク管理
世界各国で石油、化学、発電などのプラント建設を手がける東洋エンジニアリング(千葉市美浜区、細井栄治取締役社長)。グローバルに事業を展開する同社では、従業員の安全を最優先に考え、厳格な安全管理体制を整えている。2021年、過去に従業員を失った経験から設置した海外安全対策室を発展的に解消し、危機管理室を設立。ハード、ソフト対策の両面から従業員を守るため、日夜、注力している。
2025/06/06
-
福祉施設の使命を果たすためのBCPを地域ぐるみで展開災害に強い人づくりが社会を変える
栃木県の社会福祉法人パステルは、利用者約430人の安全確保と福祉避難所としての使命、そして災害後も途切れない雇用責任を果たすため、現在BCP改革を本格的に推進している。グループホームや障害者支援施設、障害児通所支援事業所、さらには桑畑・レストラン・工房・農園などといった多機能型事業所を抱え、地域ぐるみで「働く・暮らす・つながる」を支えてきた同法人にとって、BCPは“災害に強い人づくり”を軸にした次の挑戦となっている。
2025/06/06
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方